side story
[09]時を渡るセレナーデB
目前には立ち入り禁止と書かれた金網が張られている。
それをよじ登って、更に奥へと進む。
第四倉庫の裏にある錆びた巨大なコンテナが時の間のようだ。
僕たちタイムトラベラーが時を渡るとき、世界のあちこちにある時の間へと向かう。そこで時を渡る為のコードを得て、そのコードを携帯電話に入力して初めて時を渡るのだ。
「ここだな」
雑草を踏みしめ、邪魔っけな工業廃棄物の山を通り抜け、ようやく姿を現した。僕たちが入るのに十分な大きさの立方体だ。
「不可視空間、解放」
清奈が言うとコンテナの側面が下へとスライドする。音を立て、埃っぽい臭いが鼻に突くのを我慢する。
その奥へ通じているのは、ずっと下へと続いている階段だ。
清奈、僕、ハレンの順にその階段を駆け降りる。
「先輩。一つ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「なに? ハレン」
「2214年は、私がやってきた2131年よりももっと先の未来です。ネブラによる世界崩壊が終結して私達人間は50人程度しかいないんです。もしかしたら……2214年はネブラの巣窟になっているかもしれません……」
「げっ!! マジかよハレン」
後ろを振り向いて僕が言った。
「2人とも、恐れちゃ駄目よ。もし向かう先がネブラの巣だったなら、全てのネブラを倒す心いきで戦いなさい」
「恐らく……僕たちが向かったら真っ先に敵から狙われるだろうな」
「はい……わたしは124年後の世界を知っています。だから相沢くん、特に相沢くんは注意してくださいね」
ハレンが、顔を見ずとも脅えた様子が分かる。僕のことを心配するぐらいだから、本当にハレンがいた世界は酷いものなのだろう。
「じゃあ、パルス。コードをよろしく頼んだよ」
《分かりました》
パルスが宙に浮く。同時にフェルミ、ステラも上へと浮かぶ。
僕たちは、無限に広がる本棚の中にいた。ここが時の間だ。この膨大な、赤いハードカバーの書物のなかにコードが記載されているのだ。
「いつの時間に飛べばいいんだろう?」
「2214年の7月26日……具体的な時間は分かる? ハレン」
「夕方が最も歪んでいますね……午後6時が一番良いと思います」
パルス達が、ゆっくりと一冊の本を持ってきた。
「コードは……3052#1*77881」
携帯を取りだし、間違いなく番号を確認し、受話器を上げるボタンを押した。
意識が飛ぶかのような感覚。
激しい乗り物酔いをもよおすかのように、僕は軽い吐気を覚えた。
なんとか立ち上がる。
意識がはっきりしてきた。僕たち3人が同時に起き上がる。
時間は……?
携帯を見ると、2099年12月31日23時59分59秒で止まっている。
「携帯の時計が動いていませんね……」
まあ当然だろう。
「ちゃんと時を渡ったわよね? フェルミ」
《うむ、問題ない》
僕たちはそのまま外へ出た。
ハレンは、ネブラの巣窟になっているかもしれない、と言った。しかしながらそれはいらぬ心配だったようだ。むしろ、今より遥かに越える高度な文明が栄えていたのだ!
《現代のメガロポリスにも劣らないほどの高度な文明です。しかし人気は……》
「見えないな」
なんとも不気味な雰囲気である。
ただビルだけが立ち並び、ネブラは愚か、人間さえいない。
「待って」
清奈の声を聞き、僕は足を止める。
「ハレン、この辺りに結界が張られているはずだわ。調べて」
するとハレンが再びパソコンを取り出した。
「先輩の言う通りです。この都市は、人がいないわけじゃなさそうです。この空間は、通常の空間と隔離されています、これはつまり……」
「不可視空間……か?」
ということは、既にこの町はネブラが……
「そうね。でも、明らかにこれは人工的な結界みたい。タイムトラベラーでもなければ、ネブラによるものでもない。つまり、また別のものの仕業よ」
「何のために……って!」
背後に響いた爆発音。
すぐ後ろのビルに、円形の穴が空いた。
「何者!?」
《ネブラの気配は無い。セイナ、これは……【別の勢力】によるものらしい》
「別の勢力……?」
清奈が言った途端、煙に紛れて姿を現したのは……
フードを被った集団。
そのせいで顔は見えないが、少なくとも歓迎のお迎えではなさそうだ。
清奈は既にフェルミを手にしている。
ハレンもパソコンから杖に変型させた。
「パルス、頼む」
《分かりました》
パルスは僕の武器、白銀の魔力銃【ライボルト】に変型し、僕はそれを手にする。
それを、相手は戦闘意思有りと思ったのだろうか。
フードの集団の足元に魔法陣のようなものが描かれる。
「来るわ!!」
刹那、無数の光弾が僕たちに向かい飛んできた!!
「まずっ……」
直撃を受けたかと思ったが、ハレンが風を操り光弾を弾き返した。
「ありがと、ハレン。ここからひとまず逃げたほうがいいわ。恐らくさっきのフードは無数に……」
「清奈! 危ない!!」
「っ!」
清奈の背後から音も無く現れたマントの男。
その気配の薄さは幽霊と何が違おう。
しかし、清奈は瞬間的に背後に一閃。両断した。
《上空にも漂っている。狙われたぞ》
僕が、見える範囲にいるそのマントを撃ち落とした。
ハレンは再びパソコンを手にしている。
「こっちです!」
ハレンの後に続き僕と清奈はビルの谷間を走った。
《前から来ます!》
《まずい、後ろもだ。挟まれた!》
パルスとフェルミの声が聞こえた時にはもう遅い。
前方にも後方にも、そして上空から迫るマントの集団。
「どうする清奈! この数は……」
「任せて」
清奈が言った。
手詰まりでは無いようだ。その言葉を聞く限り、清奈は全く絶望していない。
「プレスト……プレスト……プレスト……」
清奈が空に差し出した右手こぶしに、赤い電気が流れる。
清奈の力を象徴する、紅の雷。
マントが群れ、僕たちに光弾が一斉射撃された
その一瞬。
「開け!!」
清奈は、ギリギリまで力を溜め拳を開き爆発する――
耳をつんざく爆音が止んだ。まだ周りのビルが帯電している。
煙が止むと、既にコートの集団は姿を消した。
――――――――――――
「何者? ザイツ」
「……この世界のものでは無い。飛んだ茶番だ。悪いが、ここで死んでもらいたい」
「なら私がこの手で……!」
「まて、アリア。どうやらあの二人が来るらしい。もう少し高みの見物をしても問題あるまい?」
――――――――――――
「危なかったわね」
清奈は一息つき、フェルミを鞘に戻した。
「それにしても、今のは一体何だろう?」
「分からないわ。でも……今のはネブラとは無関係だわ。ここで情報は得られそうも無いし、早く出ましょう!」
ビーッ!!
ビーッ!!
「……ハレン?」
僕はハレンのほうを見た。パソコンにアラートのマークが出ている。
「新たに二人敵影を確認しました!」
「く……新手ね」
清奈が再びフェルミを手にする。
「距離は200mです。30秒後に接触します!」
ライボルトを握った。
その正体が分からない二人組が、確かに僕たちの元に近づいてくる……。
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