〜第4章〜 黒の男


[56]時刻不明 無刻空間…


そのメカニックに乗った、小さな少年。右手でハンバーガーをほうばり、左手のコーラをストローですすっている。

ズズズ、と飲み終わった音がして、残りのハンバーガーを一口で食べ終わる。

『ソディアックを抜ける。』

彼の実数や虚数で満ちた脳に、一人の少女の声が鳴り響いた。

「離脱……結構なことですね、どうぞ」

上空にジェットで飛び上がったかと思うと、目下にそびえたつ黒鉄(くろがね)の城を細い目で見つめる。

『後釜はあんさんや』
「後釜ですか……」

ウィズは、ハンバーガーが包まれていた包装紙をぎゅっと握る。そして僅かに上を向いた。

「ツクヨミ……貴方の後釜には、なれそうにありませんね……どうぞ」

それで意を決したらしく、ウィズは全速力で城を下りていった。

ウィズの前方には、無数のカラスの群れが現れた。
こちらに向かい鋭い嘴をウィズに突き立てる。

《バリア展開》

透明の壁を張り、その大群をやりすごす。

まもなく城へと衝突といった所で、メカニックの肩の部分から発射口が現れ、3発のミサイルが放たれた。
全てが壁の1点に向かって突撃し、爆発。目の前に巨大な壁が出来た。

そこから侵入を開始する。
彼を止めようと現れる黒い集団達。それを躊躇いなくマシンガンで裁き倒す。
彼はじき死ぬ運命にある。頭を働かし、ただ死ぬのは頂けないと思ったのだろうか。何が彼をここまで、決死の突攻の押し進めるのか。

彼はネブラ。
されど、手駒としている者への反逆を開始した。
彼は喋ることは無い。
彼には友達などいない。
しかし、彼が心を許した【人間】が確かにいた。
彼女の心を優先したのだ。命令に従うことなく、彼女を意志通り離脱させた。鍵も、悠に返した。

それがどういうことか、彼には分かっていたはずだ。

彼は、誰よりも、どこまでも、嫌な奴で、どこまでも、優しい奴だった。

永久に消せない罪もろとも、白く光って爆死しろ。

残り僅か30秒で、それが現実のものとなる。


ウィズは、左手にあるコントロールパネルを開き、ガラスで囲まれた赤いボタンを叩く。

《エネルギー急上昇。放熱を行ってください》

ウィズは更にジェットのスピードを上げる。

「ツクヨミ……私は自らの身よりも貴方の幸せを優先しました」

誰かに送る物でもない言葉を放った。
ウィズが向かっているのは自らのラボラトリー。
そこはこの城の中
ウィズは、その時を向かえようとしていた。最期の死に場所を既に用意していたのだ。
もうまもなく、彼はここから消える。

《動力部分オーバーヒート。危険です……危険です……危険です……》

アラートの文字が彼の瞳の奥で浮かび上がる。

彼の計算どおり事は進んでいる。丁度彼の部屋に入って5秒後、大爆発が起こる。

目の前に現れるネブラ達を右手が変形して現れたレーザーソードで凪ぎ伏せる。

すると、
目の前に現れた一人の男。

「アル……」

儚き存在で、しかしながら蹴散らして行くのは叶わない男。

「作戦は失敗か……貴様がそこまでツクヨミに心を許していたとはな」

ウィズは構わず追突する。彼を牽き飛ばそうともくろんだ。計算などなく、直感的な思考で。そして行動に写した。

しかし、それは裏目に出た。
目の前の男、アルは、両目をゆっくり閉じ、
再び開けた。


「っ……!?」

一瞬最悪の光景をイメージした。
それは自らが、命を絶つ前に、命を絶た








「……」

辺りは真っ暗。
当然だ。
だって何も無い世界へ飛ばされたんだから。
自らの存在を消されたのだから。

不可視空間内――


そうか、こういう手があったかと気づいた後にはもう遅い。

不可視空間は、終身刑囚の檻にもなる。
不可視空間に閉じ込められた彼は、この真っ暗な世界で術(すべ)を失った。


真っ暗、深い闇。
決して光が入ることは無いその空間で、眩い白い閃光が現れたかと思うと、跡形も無く大破していた。

「--------」

爆発の一瞬前に、誰かの名前を呟いていた気がしたが、もう今は、何も分からない。

ジュースのプラスチックの部分が軽く燃えて異臭が漂っている……。


――――――――――――

月の下
ラジオ塔の頂上に、少女が一人。

自分の幸せを取り戻すその為に。
願わくば
あの日を取り戻したい。

白く長い髪は、踵に届こうかといった長さ。

彼女がたどり着く場所は、何処かなんて誰にも分からない。

「……ありがとな」

シュッという地を蹴る音。月夜を背景に、高く飛び上がった。
彼女の髪はどこまでも長く、それは風に乗り、流れ、彼女が行くべき方向を差し示しているようだった。




第5章に続く。

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