〜第4章〜 黒の男


[54]2012年6月19日 午後7時44分


そして、怒った顔。
その子の言う通り、目の前にいるネブラは『おしおき』された後だ。

あの子はあの子なりの正義をふりかざして、目の前のネブラを『おしおき』した。

大腿骨や背骨や上腕が270度近く曲げられる程の、いたいいたい『おしおき』を。

何より怖かったのは
その子に罪の意識がなさそう……いや寧ろ良いことをしたかのように笑っていたことだ。

「―――。 ――――――――」

消え去っていく。
倒された。
本当に、あっけなく、一瞬で。
ここでまた、2度鈴の音が鳴った。
1度目は弔い
2度目は憂い

その状況に置かれ、僕やハレンは、何も言うことができなかった。

「あ〜あ、あんなことしなかったらこんなことにならなかったのにね」

呆れ顔。
彼女は目の前のネブラを倒すのに、一度でも躊躇いの顔を浮かべただろうか?

「な……なにやって……」

と、しか声が出ない僕。
元一般人の僕には、あまりにも刺激が強すぎた。そして、彼女は平気そうだ。

彼女はお花も人骨も同じものだと捉えている。そう見ている。
彼女にとっては花の蜜も人の生き血も同じものにすぎないのだ。

「お兄ちゃん」

呼ばれて背骨が凍った。
「怪我は無い?」

優しく僕に語りかける。
目の前の少女はとてもとても楽しそうだ。

「……君は……」

僕はその質問に「はい」も「いいえ」も返事することもなく、逆に質問を返していた。返さずにいられなかったのだ。

「何者だ……いったい……!?」
「あたし……? あたしは……普通のネブラだけど?」
「そんな、ことない」

唾を飲み込んだ。
普通?
それが?
それで?

「相沢くん……あの子の魔力のことなんですが」

ハレンのセリフを聞き、僕がその方向を向いた。

「何か分かったのか?」
「ええ……この子の魔力は、これまで戦ってきたネブラの中でもダントツの大きさ……」
「へ〜。そうなんだ。あははっ! 嬉しいなあ〜!」

嬉しい……か。
この子は……

「っ……!!」

また、また、見えた。
イクジスの顔。
イクジス……え?
イク……ジス?





シヅキはイクジスが操られた姿だ。
自分でそう言ったじゃないか。
じゃあ、イクジスを操る別の人間がいる。
それって、誰……?

「ちょっと……一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ん〜?」

ニコニコ、笑って

「なに? お兄ちゃん」

快く了解してくれた。
「君は……イクジスを知っているのか……?」

答えは、何故か分かる。
誰かが耳元で囁くように。

「うん!! だってね……」

自分が操っているから?

「イクジスはあたしのお父さんだもんっ!」








「あれ? なんで……黙っちゃったの?」
「じゃ、じゃあ……!」

今度はハレンが沈黙をなんとかして破ろうとその子に尋ねた。

「シヅキっていう男の人も知っているんですか?」
「シヅキ……うん、よく知ってるよ」

これは……もしかしたらチャンスなのかもしれない。この子なら、ネブラのことを話してくれるかもしれない。

「シヅキと、イクジスは同じ人間なんだよな?」
「うん、いっしょ。いっしょっていうか、『裏の顔』って言ったほうがいいかな」

「裏の顔?」
「シヅキとイクジスは同じ人だけど、【中にいる】人は違うの」

……二重人格、といったものだろうか。
中身だけ異なる、というのは、不思議なことではない。
現に、善良な人間が突如変貌し殺戮行為を繰り返す現象は、世界で稀ではあるが、有りうるのだ。

「じゃあ、イクジスの裏側が、シヅキ、と名乗っているんだな?」

「そうだよ」
「相沢くん……でも、なぜイクジスの裏側は、シヅキと名乗っているのでしょう?」
「ああ、それ? それはね……えっと〜」

その子が何やら思い出しているようだが

「えへへっ。あたし、えいごはよく分かんないや」

英語……?

「どういうことだろう……ハレン?」
「なんかね、イクジスを裏から読んだらそうなるの」

裏から読む……
……あっ!

「分かったんですか?」

間違いない。

「イクジスを……英字表記したら、IKZIS……それを裏から読んだら……!」

必然の、名前の、由来か。そう言って、ハレンも理解出来たようだ。

「間違いないですね……」

「シヅキはどこにいるんだ!?」
「お父さん? 今はお家だよ」
「お家って、どこ!?」
「え〜無刻空間だよ?」


無刻空間……?

「ハレン、無刻空間ってなに?」
「聞いたことがないです。多分先輩も知らないと思います」

不可視空間みたいなものか……?

「その無刻空間はどこにある……?」
「ん〜。「りんね」の外、だよ」

輪廻……それは時の輪廻の外ということ。
そんなところ……どうやって行ったら……

その途端――




「まただ……!!」


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