〜第4章〜 黒の男


[48]2012年 6月19日 午後7時11分


「馬鹿げてる……!」

出せる限りの声を尽して、私は言った。

「なぜ……イクジス、なんかに……!!」

あの裏切り者に。
私の幸せを駆逐しつくした男に。
あの、欲に目がくらみ殺し尽した畜生なんかに!!

「ふざけるな……!!」

私は、全ての気力を全身に注ぎこみ立ち上がる。
脇腹を手で抑え出血を最小限に抑える。

「イクジスは……強い苦痛と共に地獄の底の底まで叩き落とすのにふさわしい男なのよ!!」

ツクヨミと対峙する。
左足に血が垂れていく。
負けることなど許さない。死ぬことなど許さない。
奴が死ぬまで倒れることなど決して許さない!

「ああ……そう」

百舌鳥の翼がゆっくりと舞い上がる。
その数は十数本。
更に分裂し、その数は増す。

「うち……あんさんのこと嫌いやわ」

そしてツクヨミは
自分でも言ったように
狂乱する殺戮者になる。
それに似つかわしい、満面の笑顔。

「雷の戦姫……最期の苦悶の叫びを上げなさい。あんさんの無様な姿、うちがこの目でしっかりと見届けてやるわ」

百舌鳥の翼の鋭い先端が私の方に向けられる。

「いい声で、鳴きなはれ」

収束した百舌鳥の翼。
巨大な一本の針になる。
《呪標を……発動させる》

その言葉を聞いた。
そして立ち向かう。
伸びる白の針に。
白蛇はもはや竜となった。それに、私が生をもらい受ける最期の一閃を決めた。

――――――――――――
「聞こえるか、ウィズ」

「はい、聞こえました、どうぞ」

「清奈は沈黙しよった。鍵の回収を始めるで」

「やりましたねツクヨミ。おかげで勝率は限りなく100に近づきました。どうぞ」

「そっちはどないや?」

「星影ハレンがプログラムにアクセスしようとしていますが、不可能でしょう。残るはラファスタが潰せば、戦闘終了です」

「分かったわ。ほんだらな〜」





ツクヨミは倒れた清奈の側に立つ。

「さ〜てと、鍵を回収しますかね」

ツクヨミは
うつ伏せに倒れている清奈を仰向けにし、衣服を脱がせ始めた。

「これが、数々のネブラを破滅に導いた……清奈はんの体か……うちよりもナイスバディやんけ、くそ」

一人ごとを呟き、ツクヨミは上着を脱がし、下着姿にする。

「まさかこんな恥ずかしい所には隠したりしてないやろうし、まあ同じ女に免じてここを探るのは勘弁しといたるわ」

ツクヨミは自分の右手に呪文を呟く。
「オンサン・ザンサン・サク・ソワカ」

その途端ツクヨミの右手が光りだす。その手で清奈の体をなぞるように、何かを探しているかのように撫でる。

「あったわ」

ツクヨミが言うと、清奈の胸と胸の谷間の辺りで指を止める。

「イン・アル・トゥ」

ツクヨミの指が、ゆっくりと清奈の体の中に入っていく。

「……みっけた」

第二関節ほどまで沈みこんだかと思うと、引き抜き始める。
親指と人指し指で何かをつまみあげている。

ツクヨミが取りだし持っていたのは赤い鍵。

「回収したわけやし、もうここに用はあらへんな」

そのまま清奈の髪を撫でる。清奈の顔はまるで眠っているかのようだ。しかし、全身にある傷は見るも痛々しく、清奈の服も一部が破れている。

そのままツクヨミは立ち上がり、フッと消えた。

辺りに残されたのは、破壊しつくされた駅やビル。そんな鉄塊と、一人の美しい少女だけ。
一番高い天井に乗ったカラスがただ、カアカアと鳴き声を冴えずっていた……。


――――――――――――

ここは、どこだろうか。
何も見えない。
行き着いた先は、星すらない宇宙空間のよう。
前後、左右、上下すら分からない。
不安定な空間をどことなく漂っている。
天国……いや、地獄だろうか。
それで……終わり?
まさか、なんてひどいストーリーだろう。
結局最後まで僕は何も出来なかったということなのだ。
状況すらよく分からない僕の低能な頭でも、それを理解するのに時間は殆んどかからなかった。

「悠……」

思わず振り返る。
耳の奥で響いた声は、今でも忘れられない。

「せい……な?」

はっきりと見えない。
清奈自身もまるで煙のようにうっすらと漂っている。

「呪標が展開された」

言葉の意味を問うより早く清奈の指が僕の頬に触れた。

「作動させる。悠、貴方の戦い、まだ私に示せてもらっていない」

え……。

「貴方の中に宿る、タイムトラベラーとしての誇り、威厳、強さ。それを……今……」

漆黒の空間に穴が空く。
バチバチっと、壊れたテレビが画面を映し出すように視界が広がる。

そこは、2度訪ねたことがある。青いクリスタルの巨塞が目に飛び込む。

深層心理世界……
そこは、己が全てであり、己のなりたいものに変貌できるところ。
僕が初めてタイムトラベラーとなったのもここだ。
そして僕はまた
次なるものへ変貌する準備は整っていた。

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.