〜第4章〜 黒の男


[47]2012年6月19日 午後7時08分


背中に強い衝撃。

「ぐっ……!」

さらに激痛。
あまりの痛さに顔が歪む。

「う……ぐ……けほっ……」

「まだ終わらへんで!」

「っ……!」

ツクヨミの髪の毛がさらに伸び、十数本程の束になる。
更に先端が硬化する。
私の体を貫こうとうねる白蛇のよう。

「そろそろ、本気で行かせて貰うで」

ツクヨミが一本の白蛇を人指し指に巻き付けながら、言った。

「全てはあの人を生き返らせる為や。恨みがあるわけやないけど、ここがあんさんの墓場やね、清奈」

「あの……人……?」

「うちの恩人の、イクジスや」

え……
イク……ジ……?

「うちがゴミやったころ、あの人はうちを拾ってくれた、育ててくれた。親を知らんうちに、親というもんを教えてくれた……全ては、あのイクジスの為に!」

「イクジスが……恩人だって……」

なぜだろうか。
あれだけ動かなかった私の体が、今は動く。
立ち上がる。
前を向く。

「私は……ここで立ち止まるわけには、いかない」

フェルミを構える。
乱れた黒髪を、手で後ろに流した。

「イクジスが、お前と再会することはありえない」

僅かな沈黙。

「それは……なんでや?」
左手のフェルミを確かに感じとる。

「イクジスは、私の手で、完全に息の根を止めるから」

一歩足を踏み出した。

「ほな……うまいぐあいに、あんさんとは仲良うなれそうや……」

「そうね。でも私はお前と仲良くなるつもりはない。【イクジスは死ぬべき存在。】だからお前も、ここで消えなさい」

「……」






「……その台詞」

ツクヨミが、今まで見せることのなかった、殺しを予感させる目を向ける……。殺気が辺りを駆け抜ける。
「そのままお返しするわ」

静かにその言葉が投げられた。
その瞬間飛んできた白の大蛇。
更に分裂し、私の元へ一直線に伸びる!!

「来い!!」

私はツクヨミに向けて走り出す。
恐れるものなど、何がある?

私のこの思いで、白蛇どもを全て断ち斬ってやる!!


右から迫るもの。
上から叩き付けるもの。
下から上に裂こうとするもの。
このそれぞれの白蛇は、全てツクヨミの意思通りに動く。

左から現れた胸に向かい突き伸びる一本を、右前方に踏み込み回転しながら縦に斬る。
続け様にやってきたもう3本。目を貫こうと視界のすぐ側に現れる。

「プレスト!」
私の周囲を囲むように雷を落とした。
白蛇は一旦引く。私も体勢を立て直した。


「いくら清奈でもこの百舌鳥の翼全てを見きるのは無理があるやろ? 粘る努力は必要やけど、確実にうちが勝つで」

ツクヨミは私に勝利できるもう一つの要素がある。

「データ」の存在だ。

私の戦闘能力、知力、技術、そして私の心理までもネブラ達は熟知することができる。
いわば、私の行動ですら作戦の内に入っているのだ。

再び飛んで来る槍の髪。
一番前の髪の上に乗っかり、更に上から突き差そうとした髪をすぐに前へと走り出して避ける。
近づいた。
私がフェルミを左から流れるように斬る。
目の前の一本を両断。
瞬間、ツクヨミと私の間に障害が無くなった。

私は雷が地に走るかのような烈火のごとき力でツクヨミに一気に距離をつめ……


「それでぇ?」

な……
何も無かったはずの目の前の視界が、突如……紅くなった。
あまりにも速すぎる一撃。もはや私でさえ反応することも不可能。
私は……
ツクヨミの髪から更に1本増えた白槍を反応できなかった。

目の前の白槍が、一本だけ……紅い……?
理由を考える前に体は前へと倒れ始め、考えた後には私は既に地に伏せていた。

《セイナ!!》

フェルミの声がはっきりと聞き取れない。
私の左脇腹に、槍が突き刺され……た。
口に広がる不快な感覚。
恐らく血が逆流しようとしているのだろう。
意識を辛うじて繋ぎ止める物は、痛覚のおかげなのは不幸中の幸いか……。

「残念やなあ、うちはデータのおかげで清奈と戦うのは何度もシミュレートしとる。あんさんがどう来るかなど、最初から全部分かっとったわ」

傷を受けた所から全身に、感覚が麻痺していく。
無念にも、静かに紅の液体が溢れおちる。

「終わり……や」

短刀を突き出すツクヨミ。理由は無論、私に止めをさす為だ。

この時の私はどうかしていたのだろう。
私はツクヨミに話しかけていた。

「おまえ……けほっ! ネブラじゃ……無いわね……かはっ……!」

血痕のようなものが口から吐きだされる。

「ふん、つまらぬことを聞きよるわ。そうや、うちはネブラやない。れっきとした人間や」

「人間が……なぜネブラの味方を……!」

「さっきも言ったやろ? イクジスの為ならうちは何でもやる。例えそれが、狂乱する殺戮者になったとしてもな」

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.