side story


[41]時を渡るセレナーデ -35-



ネルフェニビアは周辺を探索するが、何も発見できなかった。

「なんだろう……妙な妖気がする」

彼女が呟く。
すでに彼女は、度重なるネブラとの接触で、気配を察することができていた。
頭痛を伴う、奇妙な違和感が脳を蝕む。それは島の一角に集中しているように思えた。

ネルフェニビアは足音を立てずに、更に森を駆け抜ける。

彼女が察する限り、ネブラが近くにいる。

側に生えていた木の幹に姿を隠す。
耳が隠せていないことに気づき、慌てて引っ込めた。マグナムをしっかりと握った。その漆黒の武器と、それを携える少女、そのコントラストが少し風変わりなギャップを生んでいた。

彼女が振り返ってゆっくり顔を出すと

「あれですね……」

無数の人間。いや、あれは人形に似ている。
真っ黒なマネキンが点在していた。そしてあれは、闇の集団に該当しない。

「……ハレンちゃん!?」

声を殺しながら、大声を出した。

ネルフェニビアが目にしたのは、周囲より一際大きいネブラがハレンを肩に担ぎ、偉そうに闊歩しているところだった。
ハレンはうつ伏せになったたまま動かない。そして、微動することなくネブラ達に連れ去られていく。
すぐさま追おうとしたネルフェニビア。しかし、足はすぐに止まった。

足が止まった瞬間に後ろを向き、油断なく細部まで気配を探る。
明らかその獣耳の少女に向けられた邪念を、本能的に感じとったからだ。

今の気配は闇の集団? それともネブラの同胞?

奇妙にもネルフェニビアは、そのどちらでも無いと結論づけた。
くすんだ緑葉の隙間も逃さぬよう、彼女は真剣な眼でその気配を察しようとする、が見当たらない。

ネルフェニビアはその気配が気にかかったが、ハレンが捕まえられたまま向こうに去ってしまうので、追うことにした。

ネブラの数を考えると迂濶に飛び出すと危険であることは彼女も理解していた。それにこのまま続いて行けば、ネブラ勢力の拠点に着く可能性もある。ハレンの命が危ぶまれたら、その時は一人で……。

彼女の師もここに存在しない。同様に、あの男もいない。
確固として平静を崩さない彼女だが、本当に一人で大丈夫なのか、と不安が募る。


だが、彼は……どうだろうか。


光届かぬ、冥界のような冷たき海の底。時でさえもまともに流れているか疑わしい世界で戦っているのだ。

もう戦闘が終わったのか、まだなのか、それすら分からない。
如月は、一人でその身を深海に投じた。
生きているのか。
死んでいるのか。

たとえ生き残っても、自分の前には二度と現れないかもしれないのだ。




足音を立てずに、その集団の跡を追う。
ここで自分が殺られる訳にはいかないことを、強く心に刻んで。
凍えるほど無機質な肌触りであるはずのマグナムが、随分と暖かい。
そのささやかな励ましで彼女は十分に力を取り戻した。

彼にもう一度会うまで、生き延びてみせる。

ネルフェニビアはハレンとネブラ達を確認して、足を一歩前に駆け出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆


ネルフェニビアの背中を凝視するものがいた。

「じ…ゃ…ま…」

その者は、ネルフェニビアが去ると木枝の上にふっと現れた。

立体映像を見ているかのような存在感の薄さである。

白いエネルギー体が申し分程度に人へと固まって、手先足先から火がゆらゆら揺れている。奇妙な白い物体はそういう姿をしていた。

それは、口をぎこちなく開け閉めてようやく声を出していた。

「あ…れ…。じ…ゃ…ま…し…た」

樹木が、耳につくほど騒つく。

「び…あ…と…る…。」

不響和音に呼応する、抑揚もない機械のような声。

「な…に…し…に…き…た…」


まさにそれは、不確定要素、そのものだった。
ジョーカーと言ったものか。
そのジョーカーは、何かの単語を呟きつつ姿を消した。

その物体が消えた途端。
空間が大きく歪む。
それは壊れかけたテレビ画面のように、空間がねじきれては元に戻る。まるでネブラを産み出す揺らぎのようだ。黒を浄化する白き謎の個体が世界を改変する……。プログラムが一文字狂ったのだろうか。
タイムトラベラーも、ネブラも、闇の軍団さえも知らない事実がそこにあった。




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