〜第5章〜


[38]昼12時48分


「先輩も大変ですね」
「なにが?」
「相沢くんのことで何かあったんじゃないですか?」
なぜ分かった?
私は極力そのことが分からないように振る舞ったつもりなのに。

「先輩はキッパリした性格なのに、それだけ元気が無いのは、相沢くんのことで何かあったかなって思っただけですよ」

確かに、私は何でもすぐに結論し行動する人間だ。
だが、今回ばかりは私も即断するわけにはいかなかった。


さくらに勝てる力が、あるかないか。

悠を愛する資格が、あるかないか。


私は、一生失うことは無いと思っていた自信を失っていた。
いえ、自信は持っている。今さらそんなことを思う。ただ、私の言う自信は、恋愛という点で脆かっただけだ。


「……昔の私と、同じ目をしていますね」

ハレンは
私と少し目を合わせた後、やや下に目を落とした。


「あら、ハレンも誰かを愛したことがあったの?」
「ええ、まあ……」
「じゃあ、私の気持ちが少しながら理解できる……ってこと?」
「そうです、ね」

ハレンはなぜか
私に後頭部を見せた。
顔を私と反対の方向に向けている。

「先輩、羨ましいです」

羨ましい?
どこが?
今の私は愛する人を愛せないような、人間なのに?
愛する人を、憎むべき人と重ねてしまうような人なのに?






ハレンはハレンね。
やっぱり私の気持ちは完全に理解してくれてはいない。
でなきゃ、羨ましく思うわけない。
そう思いこの場から去ろうと立ち上がったその時。
私はハレンの言葉に続きがあることに気づいた。


「愛する人がいるだけでも」






……?

「ハレンは、今いないんだ?」
「はい」










「私が、殺しましたから」

















「どういうことかしら?」

僅かに低い声で私は説明を求めた。

「……先輩、これは私だけの問題です。ただでさえ先輩はネブラのことや相沢くんのことで気苦労を重ねているのに、私のことまで抱えこむことは無いはずです」
「ハレンだけの問題、か。ならいいわ。私に関係ないのなら私は関わる必要は無いし。そのわりには、そっちから話を持ちかけて来たけれどね」


私はその場を立った。

「一人で解決できるなら、そうしなさい。ただ、私が言えるのは、一人で解決することほど難しいことは無いこと、ぐらいかしら」

ハレンは愛する人を殺した。
ハレンにもそんな過去があったなんてね。
陰湿な過去を持つものどうし、仲が良くなったのかもしれない。

私がハレンと初めて出会った時、私は、当然ながら常に拒絶していた。
突き飛ばしたこともあった。
今は覚えていないが、残酷な言葉を数えきれないほど投げ掛けたと思う。
偽善という悪を知った私にとって、ハレンの柔和な態度ほど忌むべきものは無かった。
では、なぜ、共にいる?
それは、同時に彼女から、私と同じ雰囲気を感じずにはいられなかったからだ。なぜか、思考とは関係の無い高次の領域でそう思った。
繋がった。


――――――――――――

ハレンは清奈がいなくなった長椅子、もといベンチに腰かけたままでいた。

ハレンはなぜ自らの先輩に、自分の問題でしかないことを持ちかけたのか、分からないままでいた。

それは、近々やってくるであろう者達との戦いに対し、怯えているからだろうか。

怯えている。

ハレンはその言葉が頭に浮かび、またも自分が嫌になった。
あれも、原因は臆病な自分だったのだから。
自分は悠にも清奈にも劣る。
死に向かった途端、自分は大きく揺らいでしまう。
そして何より
清奈が憎む「裏切り」という言葉が、自分にもそのまま当てはまるのだから。


そのとき

ハレンは背後に、氷塊を押しつけられたような感覚を覚えた。
後ろに、あの白猫の少女がいたことは言うまでもない。


輪廻の外に存在する彼女はハレンの目に移ることは無い。
でも、ハレンとその少女……エミィは、瞳を交差させていた。

「お姉ちゃん」

エミィが小さな声でハレンに向かって言葉をこぼす。

「お姉ちゃんは、悪い人、なんだからね。だから、良い人に殺されても、文句は言っちゃダメだよ?」

自らの姉が起こした罪を
自らの手で洗い流す。

7月20日。
彼女の背後にいる【コア】が命じた日。
そして同時にそれは刑の執行日でも、ある。

「エミィ……私は」

ハレンは目の前に誰もいなくても、確実に妹が存在していることを確信していた。

「本当に……ごめんなさい。謝っても無駄かもしれないけれど、私は本当に申し訳なく思ったから……。また……4つ葉を一緒に探そうよ……ねえ」

エミィは答えなかった。
白猫を抱き上げ、頬が少し上がり僅かに微笑んだかと思うと、そのまま消え去った。

「……ごめんなさい。本当に……ごめん……なさっ……」


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