〜第5章〜


[37]昼12時33分


「私はいいんです! 昨日長峰さんは二人きりでどこか行ってたんですよね!?」
「それとこれとは別でしょ!?」
「別じゃないもん! 私は悠くんのことが大好きだもん! 長峰さんよりずっとずっとずううっと、大好きだもん!」
「私だって……」










ん?

その瞬間
清奈の口が止まった。


――――――――――――















――――――――――――

「……清奈?」

「とっ、とにかく、私の前でそんなイチャイチャしないでよね」

何かが抜けた。
いつもの日常に、ポロッとこぼれ落ちた。
何か大事なものが?

「っえ?」

さくらちゃんも、清奈のいきなりの変化に戸惑いの声をあげた。

それを拾いあげなきゃならないのに。
僕は外れたパーツを元の場所に返さなきゃいけないはずなのに。


清奈はそのまま僕とさくらちゃんに背を向ける。

何も言葉が出てこない。
理由はよく知っているけれど。
今朝の情事は、清奈の中を大きく変えていた。
思慕の念は、とても移り変わりやすい。
ほんの1秒先には、僕たちは他人同士になるかもしれないのだ。
ちょうど今みたいに。

――――――――――――


……さくらは、悠を。
そうなのか?
まだ私は迷いがあった。
今朝のあのとき、私は悠の性格を疑った。それは意図せずに。
私は、思っているほど怒っていない。
それでも許せない自分は自分。
なぜこんなに、悠はあの男と姿が重なるのだろう。

私はこれから
さくら以上に
悠を愛していくことができるのだろうか?

自分で自分が嫌になる。
悠とあの男は別だって何度も行ってるのに。

しょせん、私は只の復讐者以外の何者でもない。
いつまでも過去に縛り付けられた倒辺木だ。
愛することを、純粋にできない。
惨めなものね……。



私は2人を置いて教室から出た。

『長峰さんよりずっとずっとずううっと……』


空川さくら。
私はその言葉に反論することができない。
ただ言えるのは
私は、さくらに敗れたということ……。

《……それが貴様の答えなのか》



フェルミの声が、やけに頭に残った。

《貴様はあの男を永遠に忘れることができない。なるほど、それは納得できる。だが、それを追い求めてばかりで、【今】を見ていない。時を渡る力を持つ故に、見ているものは未来や過去ばかりだ。不器用にも程があるぞ。
【今】にある、目の前にある幸せを、手にするはおろか、気づくこともできないとはな》


フェルミは、私に対し強烈な皮肉を放った。
あれだけ自分は、悠とイクジスは別の人間だといい聞かせてきたのに。
人間の心って、本当に移り変わりやすいわね……。


「先輩?」

私はいつのまにか外に出ていた。ほんの気まぐれだ。無意識に、人気の無い校舎裏手の庭に足を踏み入れていた。

誰もいないと思われたが、急に声が聞こえて少し驚いた私は、茶色の横に長いイスに座っていたハレンを見つけた。

「ハレン、こんなところで何してるの?」
「それは……」

ハレンは、彼女には珍しい思い悩んだ表情を浮かべた。

「ちょっと考えごとです」「そう……」

私はハレンの隣に座った。

「……」

長イスに深く座って、私は両足を伸ばした。

「……ところで、先輩はどうしてここに?」

私というと、ここに来た理由は無い。
ただ、歩いていたらここに来て気づいたらハレンがいただけだ。

「気分転換……かな」

とりあえずそう言っておくことにした。

「先輩も大変ですね」

ハレンが笑った。
しかしその笑みは彼女らしい華やかなものではなく
何かの同情を感じさせる、力の弱いものだった。

「……悩みごとって、何かしら?」

それを見たとき、私の弱い部分をハレンに見せてしまいかねないと判断した私は、話題を変えようとこんなことを口にした。

「……」

しかし彼女は口を開かない。何か思い悩むだけでもハレンらしくないのに、私に話すのを躊躇っていることには私も内心驚いた。

「……これは」

ようやくハレンが口を開いた。

「私だけの、問題ですから」

《いいの?》


ハレンが言った途端、沈黙の妖精ステラが喋った。

「うん、いい」

ハレンが答える。

《何を隠している?》

続いてフェルミの声がした。

「……昔のことですよ。私が2007年に来る前の、です」

ハレンは124年後からやってきた人間だ。
その頃のことは私も全く知らない。思えば、ハレンとはかれこれ相当な月日を共にしてきたが、ハレンは昔のことなど一度も語ることはなかった。

「私に話すことができないような、やましいこと?」「ちっ、違います!」
「ならいいわ。ハレンが自分だけの問題だと思っているなら、私は干渉する必要は無いわけだし」


中庭には誰もいない。
無数のクローバー達を除いて。

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