side story


[37]時を渡るセレナーデ -31-



「“うみしお”、自爆を確認しました……」

「……そうか」


 桜庭の報告に、声は普段のそれだが確かに動揺の色を見せて艦長は返事をした。



 他の乗員はDSDとは別に用意していた脱出艇で戦線を離脱している。






 彼らは厄介事に巻き込まれたにすぎない。

 だが、自分たちは…………。


「爆心地に生命反応は?」

「ありません」

「自爆時の衝撃が到達するまでにこの暗号通信をネル君たちに送ってくれ」

「了解しました」


 文面を見てはいないが、艦長が何をやろうとしているかは容易に想像がつく。






 一瞬、罪悪感と動揺が桜庭の胸を襲う。








 しかしこれは必要悪なのだ。こうしなければ彼らは、彼女らは戦えない。世界を救う事はできない。


「送信しました。衝撃到達まで残り二六秒です」

「しっかり掴まっていろ」


 目の前のディスプレイにコンマ何秒まで正確にタイムリミットが表示されている。



 この脱出艇はDSDの一世代前の機体で、兵装は劣るが耐久力は勝るとも劣らぬ逸品である。









 心配する必要はないはずだが、不安になってしまうのは本能が危険を告げているからか、必要悪と自分をごまかす事への天罰の恐怖なのか。





 どちらにせよここで立ち止まる訳にはいかない。






 立ち止まれば明確な死が追い上げて来るだけだ。


「艦長、如月君は大丈夫ですよね?」


 残り時間が僅かとなって、桜庭は不意に艦長にそんなことを尋ねた。



 しかし艦長は声音一つ変えずに、


「分からないな」


 その言葉に、鋭利な刃物を胸に突き付けられたような感覚に桜庭は陥った。

 けれども艦長は続ける。


「しかし、たとえ可能性がゼロでも人間は不可能を実現する潜在能力がある。何よりも、超自然的な能力をあいつには持っている。希望は捨てたものではない」

「はいっ…………!」


 艦長の言葉に救われた気がして桜庭の目から思わず涙がこぼれ落ちる。







 希望は人の導きである。







 誰かがそんな事を言っていた。





 それは今なのかもしれない。



 桜庭がそう思っていると、突如警報が鳴った。





 忘れていた緊張が蘇る。


「衝撃波到達まで五秒を切りました」

「安全装置はしっかり締めておけ」

「了解!」


 直後、脱出艇が大きく揺れた。
 アームレストにしがみつくが、身体は吹き飛ばされそうな感覚に陥っている。

 ジェットコースターをさらに強化したような遠心力と振動が二人を襲う。




 桜庭は視界がぼんやりと薄暗くなり、甲高い警報音が段々遠くなるのを耳にしていると、視界がブラックアウトして意識が遮断された。
 


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