本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@


[37]chapter:9-6


「テルミンはね、手で触れないでも演奏ができるんだよ」
「へぇー、凄いね」
 
ヴァンは適当な相槌を打ったわけではなく、純粋に驚いていた。
楽器を習っていたわけではないが、少なくともピアノや小太鼓くらいなら知っている。
だが、どれも必ず手や足を使う。何も触れずに鳴らす楽器など聞いたことがない。
 
「なんか..凄い音だね...」
 
テルミンからは止まることなく、異様な音色が鳴り続けている。それはまるで、洞窟から漏れる女性の悲鳴のように聞こえた。
 
「いいでしょー?この音。なんか癒される感じ」
 
癒されるというより卑屈になる。
 
「こっちのアンテナで音量を調整して、こっちのアンテナで音程を調整するんだぁ。最近ちょっと機械の調子が悪くてね、今日知り合いの雑貨屋さんに直してもらったんだぁ」
 
そういえば、彼女に最初に会った時に、布で被せられた何かを持っていたような。
あの雑貨屋に『テルミン』というのも置いてあったことも、ヴァンは思い出した。
 
「楽器やってるの?」
「うん。色々やってるよ。ピアノはもちろん、ヴィオラとかも弾けるよ。ピアノ弾いてあげるよ」
 
マリーはそう言うと、車椅子を動かし始めた。
 
「あ...」
 
ヴァンは気がつくと、マリーの車椅子の取ってを握りしめていた。
 
「動かしてくれるの?ありがとう」
「い..いや..」
 
こんなこと久しぶりだった。自分から他人の助けをやるなんて。
ヴァンは内心ドキドキした。
 
「どこに行けばいいの?」
「あっち」
 
マリーは戸棚の方を指差した。しかもそれは、マリーの母親の写真が置いてある棚だ。
ヴァンはよく分からないが、そっちに車椅子を押した。
 
「ねぇ、ピアノなんてどこに...?」
「え?これだよ、これぇ」
 
マリーはそう言うと、棚の中部分辺りをパカッと開いた。すると、中からは白と黒の鍵盤が露わになった。
 
「こ、これ、ピアノだったんだ...!」
「アップライトピアノっていうんだよ。ちゃんと下にダンパーペダルも着いてるでしょ?」
「へぇ」
 
よく分からないが、ヴァンは相槌を打った。
 
マリーは鍵盤に指を置くと、ゆっくりとピアノを弾き始めた。
テルミンとは全然違う明るい音色。こういうのを癒やしというのではないだろうか。
ヴァンはマリーのピアノを聞きながら、上に置かれた写真を見つめた。
マリーと同じ髪色をした女性が、楽器を片手に笑って写っている。
優しそうな顔。この人はもう、この世にいない。
 
「私まだ手が小さいからさ、弾ける曲が少ないんだぁ。それにペダルも踏めないし」
 
ペダルが踏めない。マリーはそう言った。
足がない事実を、ヴァンが知っていることをマリーは知らないはずだ。
口が滑ったのだろうか、それとももう気づいていると踏んだのだろうか。
 
ヴァンはまた写真を見た。写真の前には一輪の花の入った小瓶と、黒いケースが置かれている。
そういえば、この黒いケースには何が入っているのだろうか。
そんなに大きくはなく、細長いケースだ。幅は6センチくりいだろうが。
 
「私ね、夢があるんだぁ」
「え?」
 
突然、マリーが話しかけてきた。
 
「ゆ、夢?」
「そう。4年前にね、無くなっちゃったんだ。大切なもの…」
 
マリーはなんだか切ない表情をしている。
 
「それをね、また欲しいの。パパから絶対もらうんだぁ」
 
マリーが欲しい『もの』。
4年前になくした『もの』。
ヴァンはそれがなんだか分かった気がした。
 
「ねぇ」
「う...うん...?」
「私の夢、聞いてくれる…?」
 
マリーはピアノを弾きながら、ゆっくりと話し出した。
 
 
chapter:9 マリーの夢
 
 
〜to be continued...

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.