〜第5章〜


[35]昼11時00分


今清奈はどうしてるかな……。
そう思い清奈の座席をチラッと見ると、世界史の教科書に目を落としていた。
人を寄せつけないあのオーラを出しながら。

「なにフヌケた面してんだよ。次はいよいよお楽しみにのあの時間だぞ」

なにがお楽しみだよ。
もう一生僕に楽しい一時など来ませんから。

「なんの話だよ?」
「寝ボケんな」

バシッと分厚い国語便覧で頭を叩かれた。後ろには原田がいた。

「次は家庭科やぞ、どういうことか分かってん!?」

家庭科がなんだよ。
家庭科がどうしたっていうんだよ。

「まだ分からんのかい!」

また叩かれた。

「リリウス嬢がご指導してくださる、家庭科の授業だろうが!」

そういえばやたら長い名前のメイドが家庭科を教えるとかなんとか言ってたな。んなこと今の僕にとっちゃどうでもいい。
ふっくんはメイドを語らせて右に出るものはいないからか張り切ってるがそれがなんでしょう?

僕の周囲のクラスメートは次の授業の話題でもちきりだ。

だが僕は
何度も言うが
どうでもいい。

相変わらず微動だにしない清奈。
教科書を机の中に入れて立ち上がる。その時に、目があった。
だがそれも一瞬だけ。
すぐに、清奈は目を反らした。
清奈とは割りと遠くに離れた位置にいるが、彼女の
「なに目を合わせてるのよ、ふんっ」て声が聞こえてきそうだ。


そのまま彼女は一直線に教室から出ていった……。








家庭科室は見違えるほどになっていた。
何がって?
実習室も調理室も被服室も塵一つ無いピカピカ。机や椅子のひとつひとつが、まるで金属の光沢かのように輝いている。
作業プリントを処理するだけの退屈な授業のはずなのに、皆がいつもよりもイキイキとしている。加えて、従来では有り得ないほどの男子の出席率だ。相当落ち込んでる僕もなんだかんだで出席してるからな。
思えば家庭科室の座席が全て埋まっているのを初めて見た気がする。

実習室の出席番号順に決められた席に着席する。大きなテーブルか12台あり、それぞれに新品のような綺麗な椅子が4脚ずつといった配置となっている。僕は1番だから最前列の左端だ。そしていつも通り、僕の隣には足立さんが座った。


チャイムが鳴る頃には、全員がキッチリと着席していた。この芸当ができるのはスパルタ駒場ぐらいだ、メイド恐るべし。

チャイムが止んだ途端、扉が開いた。
始業式で見たあのメイド服とやっぱり同じ服装をしていた。
青色のセミロングの髪はまるで清奈の髪のようにさらさらしている。
僕よりちょっと年上で、恐らく大学生ぐらい。

出席簿と、今日やるプリントの束を胸もとに抱えてしずしずと歩く様は、どっからどう見ても真面目なメイドさんだった。

「えっと……このクラスは、確か初めてですね?」

そういって黒板にチョークで、慣れた手つきで英語の筆記体で前に字を書く。非常に字が丁寧で、ゴシック体の英語に慣れた僕でもちゃんと読めるほど字が綺麗だった。

「名前が長いから忘れちゃったかもしれないのでもう一度自己紹介しますね」

だが誰もあの長い名前を忘れてなどいなかった。

「アルフルン=エレッド=リリウスです。リリウス先生と呼んでください。なるべく早く皆さんの顔を覚えようと思いますので、皆さんよろしくお願いします」

ご丁寧な礼をすると、滅多に起きない拍手が起きた。

「拍手による歓迎、まことにありがとうございます。今日は最初の授業ですので、自己紹介をさせて頂こうと思います。なにか私に質問があれば、可能な範囲で答えさせていただきます」

というわけで早速一人手を挙げた。
まあ、それが誰か確認するまでもないが。

「ここに来る前はどのような仕事をなされていらっしゃったんですか?」

無駄に敬語が多い、ふっくんの声だ。正直な話、変なもんだ。

「ここに来る前ですか? そうですね……ある富豪のお屋敷で仕事をさせて頂いたり、あと……【時間に関するお仕事】を」

え……?

「時間に関するってどういうこと?」
「さあ……」

近くにいる女子2人組がひそひそ会話をしているのが聞こえた。

だが、これは

《確証はありませんが、十分考えられるでしょう》

パルスも同意見のようだ。まさか、呼びかけているのか?

「他にご質問はありませんか?」

「大切なものは何ですか?」

クラスでも少し浮いた存在の、茶髪の女子が言った。

「ご主人様だよ絶対」
「そうだよね〜」

さきほどの女子2人がまた小さな声で会話している。

「皆さんもしかして『ご主人様が一番大切です!』と答えると思っていませんか? それも確かですけれど、今は皆さんたち生徒も同じぐらい大切ですし、好きですよ」

そうして笑顔を浮かべた。ハレンとはまた違い、控えめな印象を与えてくれるものだ。


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