〜第5章〜


[33]朝5時12分


まだ東の空が白みがかっている。
太陽が姿を現すはずが、今日は空一面が厚い雲で覆われている。
星の光も届かない

そんな闇の中。


無人と思われた学校に、人影があった。
唯一ひとつの部屋だけ、明かりがついている。

部屋の中は極めて乱雑である。真ん中に、物をどけて無理矢理スペースを作ったような透明のテーブルがある。
一人用のソファに体を預け、煙草をくゆらしている男がいた。
手を伸ばし、紙くずが大量に入ったゴミ箱を引き寄せ、そこに吸い殻を落とす。部屋の天井には煙草の煙が充満していた。

すると扉が開き、中から一人の女性らしき人間が入ってきた。

「相変わらず汚いし煙草臭いし……何とかならないんですかぁ?」
「我慢しろ。この部屋の窓は鍵が潰れて開かずの窓になっていてだな」
「じゃあせめて片づけはしてください。みっともないですよ」
「あいにく全部要るもんだ。収納スペースが無えからこうなっても仕方ねえだろ」
「1ヶ月前の古新聞も要るもの……というわけですね、なるほどなるほど」

その女性が指差す先には、スポーツ新聞と思われるものが大量に散乱している。

「お前も一応メイドなんだろう? 部屋の片づけはおめえの得意分野じゃねえのか?」
「そりゃあそうですけど……あなたの場合は反省の意味をこめて、自分で掃除するべきです」
「頭の固いやつだ……」

男は煙草をゴミ箱へと捨て、足を組んだ。

「ところで何か見つかったのか?」
「いえ……まだ何も」
「ふう……ここであることは間違いねえはずだが」
「本当に信用していいんですか? 前からずっと、『俺の勘は外れない』って言ってますけど、かれこれ何日待ってるんですか?」
「かれこれ2年だな」
「2年間もぉ!?」

女性は盛大にため息をついた。

「いいかげん張り込む位置を変えましょうよ。ここには来な……」
「来る」
「だから……」
「絶対来る」
「……」


女性は男の顔を見た。
その男はもう40、50を越えそうな、無精髭のオヤジである。だがその目は、何かしらの確信が伺えた。


「……分かりましたよ。せっかく私もここに来たわけですから、今はあなたの言うことを信じますよ」

まだ半信半疑な顔のままだったが、男の表情になにかを感じとったらしく、そのまま床に散らばった物を片づけ始めていた。










もう朝か……?
ああいやだ、やはり昨日の労働が今日になっても引きずっている。
もう朝の7時前だ。6時30分に起きなきゃいけないのに今日もちょっと寝過ぎた。背中で何かがモゾモゾと動く。それは振り返るまでもなく清奈であることは分かる。

どうしても一緒に寝たいと言ううえに、拒否しても目が覚めたら側にいる。不思議だね。
それを頑に拒まずなんだかんだで受け入れている僕も僕だが……

清奈は仰向けになって横になり、左手で僕の右手を繋いでいた。
僕はひとまず右手を離し、かけ布団をどけて立ち上がった。
下を見ると清奈は規則正しい寝息を立ててまだ眠りについている。
お腹の辺りが僅かに上下に動く。
清奈の左手は僕と手を繋いでいたせいか、僕が横になっていた辺りにある。
そして右手は清奈の顔のすぐ右側にあって、何かを優しく握っているように弱い拳を作っていた。

つまり僕が言いたいのは

今清奈は

普段じゃ考えられないほど無防備な体勢であるということだ。

そう思った途端、僕はヤバいと思った。

だって今……

僕の脳内で僕の名を呼ぶ清奈の声が再生されたからね?
やめ、やめ、ここらへんでやめときましょう。
僕のようなヘタレ学生が変に出しゃばっちゃいけない。

だめだ駄目だダメだ。
寝過ごしたんだ、だからこんなことしてる場合じゃない。お前の仕事は台所に行って朝飯を作ることだ。分かったらさっさと行きやがれ。







この時の僕は
なんつーか……
言いにくいが
誘惑に負けたらしい。








一瞬だけなら大丈夫だよな?
清奈はまだ目を覚ます気配は無い。
絵夢もどうせ寝ている。

それに、僕も清奈も体に触れるぐらい……抱く……のはっげふっげふっ

一瞬だけ、それならきっと大丈夫、うんうん。
僕はかけ布団をそっとはがす。
黄色チェック柄のパジャマに包まれた清奈が現れた。いけないことをしている、と思うと心が余計に揺らぐ。

僕はゆっくりと
清奈に近づいて胸を

ジリリリリリリリ!!

えっ
見ると、「俺はちゃんとご主人様を7時に起こすようベルを思いっきり鳴らしたぜヒーハー!!」と叫んでいるかのような空気全く読めてない目覚まし時計があった。
昨日清奈が持ってきたらしい。しかも僕の心は完全に清奈に向いていたため、そんな変化さえ気づかなかったのだ。

「なんで目覚まし……」
「何やってんの……?」

あ。

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