〜第5章〜


[31]夜7時3分


「なんだ、いらないんなら僕が全部……」
「待って!」

清奈は下がった2、3歩に対し4歩前に出た。
当然、僕と清奈の距離が近くなる。

「清奈?」

こちらを少し恨めしく睨みながら、清奈はアイスに目を落とした。

「誰も……いらないなんて言ってないでしょ」
「え」

まさかとは思うが、食べるのか?
からかったつもりなんだが……清奈は悪い意味(いや、いい意味で?)冗談が通じない人間だから、こういうことも本気で……。
冗談、すなわちこういう展開になる覚悟をしていなかった、故に急に僕も恥ずかしくなってきた。

清奈は小さく口を開けて、少しだけ

シャリ……という音と共に口の中へと氷が消えていった。

こくん、と飲み込む声も聞こえる程の近さで、清奈は、なんだか負かされたような表情を浮かべ、横を向いた。

なんか、ごめん。
何に謝ってるんだ僕は。


「はずかし……かった?」「当たり前でしょ」

横を向いたまま少し小さな声を漏らした。

「こんなこと……普通は絶対しないんだから。お前の前だけよ。馬鹿……」

僕は少し小さくなった清奈の背中に手を回し、僕の方へと引き寄せた。恥ずかしい気持ちもあったが、僕は……
「ひゃ……?」

清奈の肌が僕の肌と重なり合い確かな人の温もりが感じられる。

「悠……」

誰よりも魅力的に映る。
誰よりも可愛らしく映る。ただ純粋に、彼女の想いに応えようとしたかっただけ。

彼女の、僕に対する気持ちが満たされるぐらい。

「とっても……可愛いよ、清奈」

ますます近くなった2人の目が合った。

清奈の背中に回した手の甲に
サラサラと髪の毛が擦れていた。

「お兄ちゃん?」

一瞬だけ、行けるとこまで行ってやる! と思ったが、生意気でませた中学生、絵夢の声でハッキリと目が覚めた。そりゃあもう。悪くいえば興が冷めたと呼べるぐらい。

「お兄ちゃん……もしかして……その……えっと……しちゃう……の?」

ここには実の妹とハレンがいるのだ。今はまだ公であって私ではないのだ。

「アホか」

取りあえずそう言って絵夢の脳内暴走を止めた。

「でも……例えいつそうなったとしても、私は大丈夫そうだと思いますけどね」

ハレンも少し顔を赤くして、それでも柔和な笑顔を絶やさず言った。


「だっ……ダメだよお兄ちゃん。そういうことは……絵夢もお兄ちゃんもまだ子供だから……しちゃダメだと……思うの」
「だから、なに想像してるんですか2人とも!」

僕的には、そりゃあ男としてある程度まで進みたいなって思うことはある。
けど、わざわざそんなことまでしなくてもいい。







こうして近づいて目を合わせるだけで僕は幸せでいっぱいになるのだから。







「それじゃあ、私はそろそろおいとましますね」

ハレンが立ち上がる。

「本当に今日はありがとう。このお礼は必ずするよ」「そんなお礼だなんて。同じタイムトラベラーとしてこれくらいのことは当然ですよ」
「もうすっかり夜みたいだし、駅まで送っていくわ」
清奈は今日ずっと髪の毛を結っていた髪止めを外しながら言った。

「じゃあ絵夢も行く!」

確かに外はもう真っ暗。ハレン一人で出歩くのは危ないだろう。

「分かりました。それじゃあ駅まで……」








こうして今、大通りの緩やかな下り坂を通っている。それはつまり、僕が初めてパルスを拾ったあそこを通ることになる。だがあそこは今は特に代わった様子も無い。

僕たち4人は何てことないおしゃべりをしながら、駅へと到着した。

「あれ?」
「……」

ハレンが何かに気づいたらしい。
清奈も無言ではあるが、後ろ
「なに……どうかしたのか?」
「悠、静かにして」

その清奈の声には、僅かに緊張感が感じられた。

「どういうことだパルス?」

絵夢には聞こえないよう小さな声で囁いた。

《誰かが私達をつけています。背後から人の気配が……》
「ええっ!?」
《時空に歪みは感じられません。となると……ネブラではなさそうなのですが》
《いずれにせよ用心に値する。今は気づかないふりをしろ》

僕はフェルミの言う通りに黙って皆についていった。言われてみれば背中に何かがいそうな、そんな違和感が背筋に走る。

《人手の多い所に行けば追ってこないだろう》







「あの人たち……歩くの、早いなあ……」

その追跡をしていたのは、あの白猫の少女である。

「でも、獲物は見つかったし、そろそろ帰ろっか? あれ……」

いつも一緒にいる白猫がいない。

「お母さん……? どこ?」

あちこちキョロキョロ見回すが、その姿は見えない。途端、少女の固い表情が一変する。

「お母さん……!? ほんとに……どこ!?」

先程の冷淡に流れる口調とうってかわって焦り始める。

すると

喉を鳴らす声。

ミーと、奥の方から声がした。

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