〜第4章〜 黒の男


[24]深夜2時58分


「そうだ。この中にはある【瞬間】が永久保存されているんだ。時間は常に流れているものだが、それを止めて保存するもの、といった所か」

一般人の感覚としては写真に近いものがある。
写真は、ある時間の一点を記録、保存する。
唯一の違いは保存できる量だ。
写真は、写真に写っている一部分しか写ることはない。ところが、この杯はその瞬間に起こった全世界の事象を記録することに成功している。

「へ〜じゃあ、いつの瞬間が取られているの?」

「それはな、清奈。この中には、宇宙が始まり時が流れ始めた一瞬を捉えてあるんだ。この中には、【ビックバン】があるんだよ」

「ビックバン? すご〜い! それってとっても凄いよね? 触らせてよ〜」

「駄目だ」

「どうして?」

「これは我が家に代々伝わる家宝だが、とても危険なんだ。なぜか分かるか?」

「なんで?」

「ビックバンは人間の理解の範疇を越えるような巨大な力が眠っている。なにせ、この力のお陰で時間が流れ始めたのだからな。そしてこの中にはそれが眠っている。そしてそれは時間を自由に操れてしまうような力だ。まかりまちがって何者かの手に渡ったり、中から飛び出してしまったらどうなる?」
「そっか、世界がメチャクチャになっちゃうね」

「そうだ、だから誰にもこれを与えてはならない。そんな大事なものだから、まだ清奈は触っちゃ駄目だ。もちろん他の人に絶対言ってはならない。分かったな?」

「うん、約束する」

「よし、いいこだ」

そして清奈の頭を撫でた。清奈がニコリと笑う。
その杯が再びしまわれた。なぜか確信できた。
【重要なものが抜けている】
その重要なものは
この杯だということに。




「おやすみ父さん、母さん」

「おやすみ」

父と母が同時に言って、清奈は寝室へと向かった。
満月が浮かぶ。
月光が照らす雲は、少しばかり黒い。
もやのように薄く、綺麗な満月が少しぼやける。

清奈が眠る。
規則正しい寝息をたて、黒髪をベッドの上に広げながら。

少しだけ物音がする。
電気は全くついていないから、目の前ですらもよく見えない。
そんな静寂のなか

急に雨が降りだした。
梅雨でうっとうしい季節なのに、夢のなかまで雨か。さらに雷がなりだした。
雷光が清奈の顔を照らす。異常な程の殺気が張りつめた。
死の、イメージ。
このまま思う。
このままだと、清奈は殺される。
得体もしれない、
地下室に潜む、生物兵器の実験体のような、凄まじさ。

ガタ……

何かが倒れた音。
分かる、すぐ近くに何かがいる。

まずい!
清奈は目を覚まさない。
布団を肩までかけ、未だ目覚める気配はない。

起きろ!!
危ない!!

すると、清奈が目を開ける。
ゆっくりと起き上がる。
右、左と首を振り向き、立ち上がる。そして、清奈はベッドの脇にある剣をてにとる。
僕が感じているように、清奈も感じているのだろう。自分の命が危ないことを。

清奈が部屋を出る。
ゆっくりと擦り足で向かう。
清奈の顔は、今とは少し違う。
恐怖の色が伺えた。

しばらくのち、僕の意識は流れ、清奈の後ろ姿を捉えている。

そして、目の前の扉。
そこはリビング。
いつも家族で団欒を過ごす、家の中で最も平和な空間。

そこから
気配を感じる。
押し潰されそうな威圧感。扉の向こうに、確実に、誰かがいる。
死を体現する、男が。


「そこにいるんだろう? 出ておいでよ」

その声を聞いてハッとする。

ドアノブを握る清奈。
意を決したのか、剣を深く握りしめ、

開け、弾け、染まり、果てた。


僕の視界に血しぶきが飛んだ。

上から下へと鮮血が飛び散り下へと流れた。

「うああああっ!!」

瞼を開けた。

「はあ……はあ……はあ……」

外は見るまでもない。
雨が降り注ぐ。
まだ深夜だった。
ベッドを見ると汗でぐしょぐしょに濡れている。

「一番肝心な所を見損ねたな……いや、そうじゃなくて」

あの気配はなんだったんだ?
あれは、余りのおぞましさに、今でも鮮烈に覚えている。
そして、清奈の過去が、はっきりと輪郭を作っていく。

『黒』

足立さんが見た黒は、この記憶のものだろう。
見たのは、イクジスと、杯と、黒。
その3つのパーツは確実にパズルの中に埋まった。

清奈が永遠に拭いきれない光景。それがあの瞬間だったとしたら……。

何にせよ、僕は清奈の過去の核心につく所まで迫ってきた。それだけは、疑いなく、理解できた。

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