〜第5章〜


[23]昼12時37分


全校じゅうに鳴り渡るチャイムの音が、昼休みの始まりを告げる。

ついさっきまで静かだった廊下や食堂が、急に人で溢れかえり始めた。

「さて、弁当は〜と」

と言って、授業という名の下で、縛り付けられていた机からようやく離れ、横に架けてあるカバンから弁当を取り出そうとした。

が、ここでドジッ娘属性が発動。

「わ、マジかよ……」

弁当を家に置き忘れたというトラップカードがあった。
仕方あるまい。
財布は運よく存在した、奥の方に500円玉を見つける。
お金があると分かると、僕は急ぎ足で食堂へ向かった。早めに行かないと行列が出来てしまう。

「ねえ悠、昼ごはん一緒に食べない?」

教室から出ようとした所で背中から清奈の声だ。
そんなことしたら、さくらちゃんが黙ってないはずだが……。

「さくらは美化委員の仕事でここにはいない。だから私と……2人でさ」

ああ、ついに清奈から頼んで来るようになってしまったのか。この数ヵ月でいろいろ変わったなあ……。

断る?
いやいやいやいや
断らないわけない。

「じゃあ……」
《駄目だ》

僕の返事を、フェルミが遮る。

「なに、フェルミ」

清奈は周りのクラスメートには聞こえないようにそっと呟いた。

《まだ話は済んでいないぞ》
「ええ? もう十分じゃない。授業中ずっとブツブツ言ってたのに」
《済んではおらんぞ》

より語勢を強めて言ったフェルミ。

「……続きは明日でいいでしょ」
《問答無用だ。貴様に言いたいことはまだ山のようにあるのだぞ》
「……」


清奈が心の底から嫌そうな顔をする。

《何だその顔は》
「……はあ……じゃあ悠、今度、絶対ね?」

諦めたらしく、溜め息をついて僕を見た。

「うん、分かった」
《そうと分かれば旧美術教室に向かえ。あそこならば人はいないはずだからな》「はいはい、分かった……」
《返事は1回!》
「はあい! ああもう」

フェルミが清奈をとやかく言う所……何だか見てみたい気もするが、やはり放っておこう。


食堂は校舎とは別館にあり、再び下足から蒸し暑い外に出なければならない。
このぶんだと、セミの大合唱が始まるのもまもなくだろう。

下靴に一度履き替えようと靴箱の扉を開けた。

ん?

中に何か入っている。

これは……綺麗な便箋だ。少しザラザラした、多分かなり上質なもの。
ヒマワリの絵が淡く描かれているその手紙は、中を読まずとも誰のものか分かった。

【放課後に、2人でお茶を飲みに行きませんか? 4時に駅前で待ってます】

さっきの清奈もさくらちゃんも、『2人で』の一言は外さないんだな、まあ当然だけど……。

一旦靴箱の中に手紙を戻した。それと同時に

誰かが僕の肩を叩く。
まさか、また清奈?

「相沢くん、何してるんですか?」

ではなく、今朝にも出会ったハレンだ。

「ああハレン……って!」

そうだ、まだ謝ってなかったっけ!?

「ほんとに今朝はごめん! ワザとじゃないんだよあれは!」
「ほぇ? 何でしたっけ?」

何って、ゴッツンコして、バタンってなって、むにってなんて、フー!! の今朝の……!

「ああ! あれは別に良いですよ。怒ったりしてませんから、ね?」
「そうか……それならよかったけど」
「ところで、さっき持ってた紙って、もしかしてラブレターですか?」

ニコニコ笑って、興味しんしんな様子で僕に尋ねた。

「ラブレターっていうか、一緒に遊びにいかないかって書いてあったんだよ。だからちょっと違うよ」

恋のプロポーズはもう受けてしまったからな。

「そうですか〜。あはは、でも相沢くんはいいですね〜モテモテで」

ハレンもそのことを言うのかよ。
確かに嬉しいけどさ、良いことばかりじゃないぞ?

「そういうハレンは、好きな人はいるのか?」
「え! 私ですか?」

軽くピョンって跳ねるように驚いたハレン。

「なんだ、ハレンもいるんじゃないか」
「あはは……バレちゃいました?」
「だって顔に書いてあるし」
「もう〜相沢くんったら」「で、誰?」

ここで「そんなの相沢くんに決まってるじゃないですか!」って言って
3股フラグ
って、まさか、なるわけないよな?

「残念でした〜相沢くんじゃありませんよ」
「そっか……まあ当たり前だよな?」
「でも……」




でも?

そんな言葉から、僕は彼女のことを知ることになった。

彼女の名は 星影ハレン。

高校生になって初めて出会った女の子。
124年後の世界からやってきたタイムトラベラー。

僕はハレンのことを

優しくて
いつも笑っていて
ホンワカしていて
頼れる存在。

そう思っている。
僕が知っているハレンは、【その程度】だろう。

「今は……いないんですけどね」

それは、とても悲しい、勘違いだった。

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