本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@


[23]chapter:7 化け物


「ほんとに何もいらないんですか?」
「ああ、大丈夫だ。生活必需品については軍から全て支給される。食事もな。それ以外で何か持っていきたいものがあったらカバンにいれろ」
 
家の中はやけに静かだ。
いや、もともと賑やかではなかったが、今は違う静けさを漂わせている。
 
家の中にあるものは何も変わらない。
テーブルもある。台所には僕と兄さんの皿が置いてある。兄さんの仕事のデスク。その上の鉱石。二階に行けば僕のベッドがある。
 
何も変わらない。
 
たった一つ、
 
兄さんがいないということを除いて。
 
「...とくに、持ってくものはありません」
「..そうか。では行くぞ」
 
ヴァンはカバンをしょい、剣を肩にかけた。
頭の模様を隠すためニット帽をかぶる。
模様はもちろんだが、もともと自分の白い髪が好きではなかったので、ヴァンは常日頃から頭には何かかぶる習慣がついていた。
 
ヴァンは外に出た。
シュバイツのつながっていた場所にその姿はなく、今は木だけがささり花が添えられている。
 
ラルは、シュバイツはシンの契約によって冥界に送られてしまったと言った。
冥界なんて言われてもヴァンはぱっとしなかったが、分かっていることはシュバイツの体はどこを探しても見つからなかったという事実。
ヴァンはそれでもシュバイツの墓を作り、花を添えてあげた。
 
「シュバイツ...」
ヴァンは家の方を向いた。
 
──僕の育った家……
 
この家に戻ってくることはあるのだろうか。
ヴァンはこれから何が待ち受けているのか、一つも予想がつかなかった。
 
「ヴァンくん、行くぞ」
「は、はい」
 
ヴァンラルの方を向いてからもう一度家を見た。
 
 
 
 
──いってきます
 
 
 
ヴァンは心の中で、そっとそう呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「最初に言っておくが、君はまだ正式なユスティティアではない」
「え?」
ラルの突然の発言にヴァンはぽかんとした。
 
「まだユスティティアじゃない?」
「これだ」
 
ラルはそう言うと、マントの下からペンダントのようなものを取り出した。
ペンダントは赤く、上には十字架が刻まれている。
 
「これが我がユスティティアの紋章にして証であるペンダントだ。これがなければユスティティアを名乗ることはできない」
「は..はぁ、ということは今から向かう軍の本部でそのペンダントを譲り受けなければいけないんですね」
「そうだ」
 
ラルはペンダントをマントの下にしまった。
「ただ...」
「ただ?」
「言ってなかったがユスティティアになるには資格試験がある」
「資格試験!?」
 
ヴァンは仰天した。ヴァンはもうユスティティアに入隊したものだと思っていたからだ。
 
「しし..資格試験って..どどど..どういう...!?」
「本来ならば、ユスティティアに入隊する際、筆記試験があるのだが、君は私達からの勧誘によりユスティティアの資格試験を受けることになるから筆記試験はパスだ」
 
筆記試験はパスと聞いて、ヴァンはとりあえず安心した。ヴァンはお世辞にも頭が良いとはいえなかったからだ。
 
「で..でも、他にも試験があるということですよね...?」
「ああ、精神鑑定と実技試験を混同させた合同試験を受けなければいけない」
「じ、実技!?そ、それは..なんというか..無茶じゃ...」
 
ニヤッ
「へ...?」
ラルは突然笑みを浮かべた。
「そうだ。今まで普通の子供として暮らしてきた君に軍におさまるような戦闘技術を持ち合わせてはいないだろう」
 
ラルは突然歩みを止めた。
「ラ..ラルさん...?」
「だから君には試験が受かるよう強くならなければいけない」
ラルはマントの下からダガーナイフを取り出した。
 
「え..ま..まま...まさか...」
「強くなるには実戦を積むのが一番だ!」
 
そう言ってラルはヴァンに刃先を向けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「ぉ.....ぉおおわぁぁぁぁぁあああああ!!!」
 
森道にヴァンの叫び声が響きわたる。
「遅い!」
ラルは目にもとまらぬ速さでヴァンの正面にまわった。
「わ...!」
「ヴァンくん...剣も握らないでどうする...」
 
ラルはため息をついた。
「い..いや..でも...そんないきなり...」
「あのウロボロスのシンはいつ私達の目の前に現れるか分からないぞ..?」
「う...」
「奴と戦うことになるのが明日かもしれない...もしかしたら1分後かもしれない。今の状態では奴どころかユスティティアの実技試験もままならぬ」
「は..はい...」
 
「とりあえず剣を抜け。時間がない。もう1分たりとも無駄にできない」
 
ラルはヴァンが背中から剣を抜くのを確認するとダガーナイフを前に構えた。
 
「最初は私に攻撃をしかけられなくてもいい。そして逃げてもいい」
「に、逃げても?」
「ああ。最初は戦闘における一番の基本を教える」
「は、はい!」
 
 
 
 
 
 
 
 
何時間経っただろうか。
日が暮れ始め、辺りはオレンジ色に染め上げられた。
ヴァンの体は生傷だらけになっている。
 
「い..つつつ痛...」
「よし、日も暮れてきた。今日はここまでにしよう」
「は...はい...」
「私が教えたことを忘れるなよ」
 
 
 
 
今夜は森の中にテントをはり、野宿することになった。
ヴァンはラルに水と、薪集めを頼まれ森の中を探した。
 
「薪っていっても..枝しかないな...まぁこれぐらいでいいか..痛ッ...」 
ヴァンはラルとの訓練中に何度も転けてできた傷が痛み、手で抑えた。
「いつつつ...ラルさん容赦なかったからなぁ...体中傷だらけ...恐いし、ホントに女性なのかな...
ふぅ..よし、次は水か」
 
ヴァンはテントに戻り、拾った枝を置くと、バケツを持って再びテントを後にした。
ラルは何か食べられるものを見つけるといってどこかに行っている。
 
「みずー、みずー...川なんてあるのかな...」
 
ここは、ヴァンの住んでいたカルナ村からもうだいぶ離れている。
もともとヴァンはあまり出歩かないほうだったのでここら辺はあまり知らなかった。
 
ヴァンは少し高揚していた。
 
「キャンプなんて初めてだなぁ...いや、これは野宿か...ん?」

森の奥から水の音がした。
 
「川かな?」
ヴァンは足を早めた。
木々を抜けるとそこには湖があった。
 
「うわぁ、綺麗な湖...」
 
湖の上では鴨が泳いでいる。湖の中央には大きな岩があった。
ヴァンは湖に手をつけてみた。
「うわ..傷にしみる...でも綺麗な水。川の水じゃないけど、どうせ飲むのは蒸留水だしいいか」
 
ヴァンはバケツで水をすくった。
 
ザパンッ...
「ん...?」
 
湖の向かい側から何か音がした。ヴァンは不審がって音のした方向を見たが、中央の岩が邪魔で向かい側が見えない。
 
「な..なんだろう...も..もも...猛獣..?..いい..いや..まさか..シン...!?」
 
臆病なヴァンは頭に想像を張り巡らせ震えた。
ヴァンは勇気を振り絞って湖の中に入り、岩のところまできてみる。
湖はそれほど深くなく、膝までくらいであった。
 
「フゥー..フゥー..きっと何かの鳥だ..きっと何かの鳥だ...」
ヴァンは念仏を唱えるかのようにそう繰り返しながら、恐る恐る岩の陰から反対側を覗いた。
 
 
──誰かいる……
 
人の後ろ姿が見えた。しかもその姿は、
「お..女...!?」
 
その後ろ姿は裸の女性であった。黒い長髪が背中に垂れている。
 
──...黒い髪?
 
見覚えのある黒い髪...。ヴァンは頭にある人が過ぎった。
「あ...」
ポチャンッ...
 
ヴァンは体をひいてしまい水の音が鳴ってしまった。
「誰だ!?」
「やば...!」
 
ヴァンは必死で逃げようとしたがその女性はすぐにヴァンのもとに跳んできた。
「う、うわぁ!!」
ヴァンは首にナイフを当てられた。
「す、すみません!すみません!僕、何も見てな...!」
「ヴァ...ヴァンくん?」
「え...?」
 
聞き覚えのある声。見覚えのある髪、そして顔。 
目の前にはラルの姿があった。
だが、決定的にいつもと違うものがヴァンの目に映る。
 
「あわわわわ...」
 
今日、ヴァンは人生で初めて女性の裸を見ることとなった。

[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.