side story
[39]時を渡るセレナーデ -33-
草木が鬱蒼と生い茂る森の中を僕は彷徨っていた。太陽の光が十分に射しこまず暗い上に、枯れ葉に足を取られやすく土も所々ぬかるんでいる。腐葉土の独特な臭いが嫌でたまらない。
「ハレーン! どこだー!」
しかし返事は無い。
天然の密室みたいなものだから、僕の声が遠くまで聞こえないのかもしれない。
「どうしよう、なかなか見つからないな」
『この辺りのはずですが……。ステラの力の痕跡が漂っているように感じます。』
「そっか。でもまだ遠くに行ってないんだよね?」
『ええ』
下手をすれば迷いこんでしまう。早くハレンに追い付いてここから抜け出さなきゃ。それに、こんな視界の悪い所じゃ、敵が不意打ちしてくるかもしれない。
僕は急な襲撃に十分注意を払いながら、パルスの指示通りに森の中を進んだ。
『ユウ、地面が』
「ん?」
下を見ると、ついに探していた手がかりを見つけた。
「足跡だ!」
丁度僕が向く方向と垂直に、真っ直ぐハッキリ残った足跡がある。
地面のぬかるみのお陰で、その足の形から明らかに人間のものだ。
僕はすぐにその足跡に沿って走り出した。
僕が走るお陰で、落ち葉が音をあげて舞い上がった。
走り出して3分ほど。
僕は軽く舗装された道路の上に立っていた。
道路といっても、森を切り開いて地面を整えただけで、砂地の地面には部分的に水溜まりができている。
しかし、変なことに
さっきまでの足跡が、この道に着いた途端に数が増え、無数に残っているのだ。
しかも、それは誰かが裁縫でもしたのかと思うぐらい、綺麗に等感覚で並んでいる。まるで軍隊のような正確さと緻密さで……って。
軍隊?
嫌な予感がした。
『この辺りが、最も魔力の痕跡が強いです』
「まさかハレン。ネブラか闇の集団かに連れ去られたんじゃ……」
『……まずいですね。そうでは無いと信じたいですが、否定できません』
「とっとにかくこの足跡を追ってみるよ」
『分かりました。くれぐれも注意してください』
「うん」
いつでも撃てるようにライボルトをコートの内に忍ばせた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
左後方の槍の刺突を屈んだ体勢でやりすごし、直後相手の首筋を蹴り入れる。
正面の敵、腹部を横に斬撃を入れて倒す。
不気味なオーラを纏った騎兵達を次々と凪いでいく。
右足を軸にして左足で地を斬り、時計回りに1回転しながら斬る。
私は前方にジリジリと歩み出していた。
この軍団を、実力をもって押し返す。
その数は、いつ終りが迎えるか分かったものではない。
騎兵は深く兜を被っているせいで、私は相手の顔がよく見えない。
まるで複製されているかのよう。
同じ顔をした同じ装備の者達が怒涛のごとく押し寄せる。
空気が圧迫され、どれもこれも殺気を剥き出しにして襲いかかる。叫びながら、喚きながら。
まどろっこしいな……。
これでは私の体力が浪費されるだけ。
ここはさっさと主導者を倒して退散したい。
私はフェルミに雷を宿す。
「フォルト……フォルト……フォルト……」
フェルミに神経を集中させて力を溜める。紅電の力を飽和点まで。
私の黒髪が、その魔力によって吹き上がり、後ろになびいて広がった。
準備が整うのに、時間は数秒もかからない。
「何だこれは……」
「まずい! 退けー!!」
もう遅い。
「……」
退くならばどこまででも退くがいい。
「はああああ……」
この紅電は、何処に逃げようとも隠れようとも逃がしはしない。
「あああああ……!」
私の前に立つもの全てを撃ち抜く。
「あああああ!!」
その力が臨界点に達した。私の内部で血潮を煮えたぎらせ、脈動する。
大気の気流と鼓動が今、一致した。
「……駆けろっ!!」
放て、紅き迅雷よ!!
横に空間を一閃する。
樹々が荒れ狂う衝撃波。
剣の軌跡が長く伸び、周囲が一瞬だけ眩い光に覆われる。
その雷は騎兵達を巻き込み、彼方へ吹き飛ばす。
1を幾度掛け算したところで、答えは1に過ぎず、100には及ぶはずもない。
「ぐああああ!!」
私の前方にいた兵団を尽く払いつくす。
一糸すら余さない神風が暴れ、打ち付けた。
フェルミを下ろすと兵団はたちまち跡形もなくなっていた。側に生えていた樹木が灰色の煙をあげ燻っていた。
ここまで圧倒する力を見せつけたならば、主導者も現れるはず。
ふふ、怖じけついて逃げなければの話だけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆
いきなり凄まじい衝撃が走り、僕は数メートル近く吹き飛ばされた。
うわわっ!!
「いだっ!」
いたた……後頭部が、うう……。
『これは……セイナの気です!』
「清奈が?」
頭を押さえながら僕はその気配を察した。
「よし」
ならば先に清奈と合流しよう。もしかしたらハレンと一緒かもってこともある。それに、見知らぬ地で単独行動を起こすのは危険だしな。
そういうわけで僕は、衝撃が伝わってきた方を見て立ち上がり、そのまま走り出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
黒崎アリアはそれまで無表情だったが、ここに来て始めて顔が動いた。
低平な地平線を見下ろしているように目が細まる。
「……遅い」
アリアは後ろを振り向くことなく、後方にいる男に口を開いた。
「ふむ。貴様の声に怒りの色が滲むように感じられるが、いささか立腹しているのかね?」
「ザイツ……私をどれほど怒らせたい」
「それは失礼した」
「何をしていた? 確かに、先にここへ向かいたいと言ったのは私。でも、一切の連絡もないなんてあまりにも利己的だ」
「なに、私とて無駄足を食っていたわけではない。ここにやってきた者と、その者達の目的を調査していただけのこと」
『へっ。言い訳はうまいからな、昔からこいつは』
アリアにだけ聞こえるように小さな声で、なおかつ嫌味たっぷりにバルザールが言った。
「そう、なら聞かせてもらおう」
「どうやら、タイムトラベラーと名乗る者達がいるらしい。現代科学をもってしても成し遂げられなかった時間移動を可能にした奇妙な連中だ」
アリアは服装を整え、髪を後ろで広げる。無論、ザイツの言葉を一言も聞き漏らさないよう耳を傾けてもいた。
「そして奴らの目的は、3つのキューブを回収し、島の底に眠る『兵器』の破壊だ」
「要するに同じ兵器狙いね。何にせよ討伐すれば済むことだわ」
「待て。この話には続きがあるのだが」
「早くして」
アリアはここにして、ザイツの方を向いた。
「タイムトラベラーを敵としている第三勢力の存在も確認した。省のレーダーにも引っ掛からない正体不明のものだ。ネブラ、と呼ばれていることと、同様に兵器を狙っている以上の情報は無い」
「その勢力の動向も考慮しなければならない、ということか」
「その通り。そこでだが……ここはタイムトラベラーとネブラのニ勢力を泳がせようと思うのだが、異議はあるかね?」
「そうする意図は?」
「兵器は3つのキューブがない限り解放されぬ。では私がこの手にキューブの一つを握るならば奪取されることもない」
「……なるほど」
タイムトラベラーとネブラを戦わせたならば、必ずどちらかが勝ち、どちらかが敗れる。
闇の軍団は、そのニ勢力ともに勝利する必要は全く無い。
漁夫の利、とはよく言ったものだ。
『ズルい野郎だな』
「いいえ、正論よバルザール」
『こっちとしちゃあ、どっちもぶっ潰してやりてえんだがな。暴れたくて仕方がねえんだ。分かるか、我が契約者よぉ!』
「……無駄な戦いは避けるのが当然。そんな理性の欠片も無い行動を私が取ると思っているの? バルザールは」
『チェッ、そう冷たくあしらうなよな』
その瞬間だった。
突風が吹いたかと思うと、同時に遠くから爆発音が響いたのを耳にする。
「ふむ」
ザイツが誰かと交信している。恐らくは先の爆発を知る者からだろう。
「相手の実力は相当なものだ。ここは一度姿を隠して、ネブラ勢力の到来を待つとしようか。どうだね?」「構わない」
アリアは
足に置かれた彼女の象徴である般若の仮面を見つめた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……っ!!」
僕は走り出していた足を止めた。思わず背中を確認せざるをえなかった。
「何だ今の殺気……」
嵐の予感を、この身に受け止めた。
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