本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@


[36]chapter:9-5


息が詰まった。
嫌な気分が胸の辺りに充満している。
 
「マリー...さんのって...どういうことですか...?」
「オリヴィエが処刑されたその日の夜に、家で待っていたマリーは何者かに襲われ...足を切断されたんだ...」
 
ヴァンは血の気が引いた。
 
『切断された』
 
マリーの足が切断された。その言葉の意味する先は、残酷な事実。
 
「マリーさんには...足がない...?」
 
マリーの車椅子の足の部分には大きめの布がかかっている。だから足の部分が見えなかった。
車椅子に乗っている時点で歩くこと、立つことが不自由なのは明らか。
 
しかし、その布の下には足がないという残酷な事実が隠されているなんて、ヴァンは気付くことはできなかった。
ラルは知っていたのかも知れないが。
 
「は..犯人は...?」
「捕まらんさ、絶対にな」
「な、なんでですか!?」
「国軍の出先だからだ」
「!!?」
 
ヴァンはもう国軍という存在に訳が分からなかった。
 
「私はユスティティアの契約を公開し、団体を組むつもりだった。その矢先だ。口封じのため...妻を殺し、娘の足を奪い、私に警告をした。
 
『これ以上、抗議をし続けるのならば…』
 
...とな...」
 
ヴァンは拳を握り締め、歯を噛み締めた。
 
「なんで...そんなことを自分に...?」
 
エドワードは表情を変え、最初に出逢った時と同じオーラを出した。その表情はまさに威厳のある准将そのものだ。
ヴァンはエドワードの気で圧され、汗がにじみ出た。
すると、エドワードは口を開いた。
 
「君は今、気持ちの中で複雑な感情が渦巻き、揺れているだろう。それでも君は強く意志を持ち、ユスティティアの道へと進むことができるのか?」
「え?」
「ユスティティアにとんでもない契約をさせたのはもとの国軍、つまり『アーミィ』だ。ユスティティアになるなら色々な苦しみが待っている。悲劇、死、不条理、エゴ。君はそれを乗り越える勇気があるか?」
 
勇気。意志。僕は誓ったはずだ。ラルさんの前で。ユスティティアになることを。
 
でも。
何故か今は分からない。
哀しき禁忌を防ぎたい。僕にはその力があるんだ。もう誰にも僕と同じ哀しみを味わって欲しくない。
 
だからユスティティアになるんだろう?
でも、それでいいのか?
ホントにその道はあっているのか?正しいのか?
 
 
「...僕は......え?」
 
ヴァンは口に詰まっていると、エドワードはヴァンの頭をポンと手を置いた。
 
「正しい道なんてない。君は君の道を選びなさい。たとえ、それが後悔する道だとしても、それが君の道なんだ。過ぎ去った過去(みち)を変えることなんてできやしない。
だから、安易な気持ちでユスティティアになることを決めるな。物事を知り、周りをよく見て、君には判断して欲しい」
「エドワードさん...」
 
エドワードは顔が緩み、穏やかな雰囲気を出した。でもその瞳の奥には、哀しげな何かを感じさせる。
 
「...周りをよく見ず、突き進んだ私は、大きなしっぺ返しをくらってしまった。私は今、後悔だらけだ...」
 
エドワードはヴァンに背を向けると、路地の方へと歩き出した。
 
「エドワードさん?」
「少し用事がある。マリーにはそう言っておいておくれ」
 
エドワードは右手を振りながら、奥へと消えていった。
 
ヴァンは少し立ち尽くした。
色んなものが渦巻いている。
 
――僕は、これから……
 
〜♪〜♪♪〜
 
「?」
 
エドワードの家の中から何か音が聞こえてきた。
不思議な音色だ。まるで……
 
まるで………
 
………
 
 
なんだこの音は?
不思議というか、変だ。
ピアノには聞こえない。ヴァイオリンでもない。
なんというか、洞窟(?)のような音だ。
 
ヴァンは気になり、ドアを開けた。
 
そこには車椅子に乗りながら、箱の前で両手を動かすマリーの姿があった。
 
それにしても変な音だ。
先ほどまでの悩みを打ち消すというか、泥沼に混ぜるみたいな、そんな音。
 

「話は済んだのか?」
 
壁に寄りかかりながらラルが聞いてきた。
 
「あ、はい。何か用事があるとかでエドワードさんはどこかに行きました」
「そうか...」
 
ラルは何か浮かない顔をしている。詳しくは分からないが、きっと僕のことなんだろうと、ヴァンは思った。
 
ヒュオォオ〜...
 
家の中で聴こえた音の方向を見ると、マリーの前にある箱から鳴っていた。
マリーは奇妙な箱の前で、まだ両手を動かしている。
良ぉく見ると、マリーの手に合わせて箱から発せられる音程が変わっているような気がした。
 
ヴァンは気になって仕方なく、マリーに聞いてみた。
 
「マ..マリーさん。それ、なに?」
 
マリーはヴァンに気付くとニコッと笑った。
 
「その髪...」
「へ?」
「変な模様」
 
気にしていることを言われ、ヴァンは少しムスッとした。
 
「でもカッコイイね」
 
マリーにニコニコしながらそう言われ、ヴァンは目を見開いた。
この髪を誉められたことなんてなかった。
いつも変だ、変だと言われ続けたこの髪はヴァンのコンプレックスだったのだ。
その髪を誉められた。
 
『変でカッコイイ』
 
ヴァンは誉められたと受け取っていいのか悩んだ。
 
「と、ところでこの箱は?」
「お兄ちゃんドロボーさんに持ち物盗まれて大丈夫だった?」
 
この子は無視のスペシャリストか?
 
「あ、大丈夫だったよ」
「盗まれた?」
 
ヴァンがマリーに返答すると、ラルがそう口走った。
ヴァンは焦った。剣を盗まれそうになったことがバレる…。
 
「何かあったのか?ヴァンくん」
「あ..その...」
 
ヴァンの動揺をよそにマリーは箱の前で楽しそうに両手を振っている。
 
ヴァンはラルの鋭い目つきに観念し、エクスキューショナー・ソードをフェイロンという少年に盗られそうになったことを話した。
 
話が終わるとラルは両手を組んで、目を閉じた。見えないオーラがヴァンを包み込む。
 
――お、怒られる……もしくは殺され…
 
「ホントにエクスキューショナー・ソードを盗まれたのか?」
「は、はい...!すみません...!」
「………」
 
ラルは黙っている。呆れてものも言えないというやつだろうか。
 
「有り得ない...」
「へ...?」
ラルは目を閉じて、難しい顔をしている。
 
「その少年、最後に人質にとられた少年のことだよな?」
「は、はい」
「今どこに?」
「え?いや..それは分からないですけど...」
「名前は何だっけか?」
「えっ..と...『フェイロン=ティエン』です..確か...」
 
ラルは黙り込み、窓の方へと行ってしまった。
お咎めは無しということでいいのだろうか。
何も言わないとなると、それはそれで怖かった。
 
プォオー
 
ヴァンはまたマリーの方を向いた。相変わらず箱からは妙な音が鳴り響いている。
 
「ねぇ、マリーさん..その箱..なんなの?」
「ん?『テルミンヴォックス』だよ」
「テルミンヴォックス?」
「テルミンを知らないの?」
 
こんな奇妙な箱、知らない。
 
「テルミンはね、楽器だよ」
「楽器?これが?」
 
テルミンと呼ばれる箱に一本のアンテナと、横から半円形の輪っかが出ている。
この奇妙な形の上に、この洞窟から漏れているような奇妙な音。
とても楽器とは思えない。
 
「楽器って...さっきからどうやって音を出しているの?マリーさん」
「ねぇ」
「?」
「マリーさんって止めてよ。なんか堅苦しいじゃん」
「そ、そうかな...?」
「お兄ちゃん年上でしょ?これからは『マリー様』って呼んで」
 
堅苦しさupで御座います、マリー様。
 
「ウソだよぉ。『マリー』でいいよ」
「ハハハ...」
 
マリーは笑顔を絶やさない。この笑顔には、何か惹かれるものがあった。
素直に言えば、かなり可愛い。
ヴァンは顔を少し赤らめ、下に落とした。
すると、マリーの足の部分が視界に入った。
 
布で覆われているその下には、足がない。
ヴァンはすぐに目を背けた。
こんな小さな歳で、もう歩けないなんて。
そして母親もいない。
 
何故そんなに笑顔でいられるのか。
強がっているだけ?
 
8年間信じてきた兄に裏切られるのと、どっちの方がが辛いだろうか。

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