本編「〓Taboo〓〜タブー〜」@
[32]chapter:9 マリーの夢
車内にいた人はもちろん、ラルと駅のホーム内にいた人も警官から事情聴取を受けることになった。
国軍だからという理由だからなのか、ヴァンとラルは事情聴取にさほど時間はとられなかった。
しかし、これだけの人数だ。途中から来た警官と一緒にやっているが、とても大変そうだ。
周りを見渡したが、フェイロンの姿は見えない。
もう事情聴取が終わったのか、それともどこかに消えてしまったのか。
それはもう分からない。
エドワード准将は、まだ事情聴取を受けている。
ラルがエドワード准将に用事があるらしく、ヴァン達は駅のホーム入り口で待つことにした。
不思議とヴァンは、エドワードが国軍の准将であったことに、とくに違和感がなかった。
エドワードは最初から妙な威圧感があった。それは、ラルと逢った時と同じ感じだったのだ。
ラルは先程から黙ったままだ。
こういう時のラルは実に話しづらい。精神を槍でつつかれているような、痛い沈黙がヴァンとラルの間に流れた。
「待たせたな」
エドワード准将が戻ってきた。やっと事情聴取が終わったらしい。
「車内で起きたことを全て話していてな。遅くなってしまった」
「いえ、大丈夫です、エドワード准将」
ラルの言葉に、エドワード准将は顔をしかめた。
「だから私はもう『准将』ではないと言っているだろうが」
「ですが...」
「今はしがない義足技師だ」
エドワード准将はそう言うと前へと進みだした。
「列車は二日間は休止らしい。本部へと向かう途中だだったのだろう?トゥーワイズへ行けるのはあの列車だけだ。私の家に泊まるといい」
「そんな、そこまでお世話になるには...!」
「いい。少し話したいこともあるしな..」
「...はい」
妙な感じが二人の間に流れている。ヴァンはまるっきし蚊帳(かや)の外だ。
「あと」
エドワードは背を向けたままヴァン達に見えるように指を一本上に立てた。
「私のことを『准将』とは絶対呼ぶな」
「准将」と呼ばないことに何かこだわりがあるのだろうか。
ヴァンはラルの後ろに隠れるように着いていった。
街の大きさに負けないくらい、行き交う人々は活気に溢れている。人が多すぎて、少しでもラル達から目をはなすとはぐれてしまいそうだ。
ヴァンはついさっき剣を盗まれたせいで、また剣が盗まれないかと剣を意識しながら歩いた。
「もう四年か..私が軍を離れてから...」
エドワードは前を向いたまましゃべりだした。
「そうですね」
「大分腕も上がったようだな」
「そんな。まだまだですよ」
「レイノルズは元気か?」
「相変わらずのんびりしてますよ。あ、そういえばお子さんができたんですよ」
「ああ、私が辞める前にあいつの妻が身ごもってた子か..もう3才くらいか?」
「そうですね」
「………」
話に入れない。別に入る気もないが、微妙な気分にヴァンはなっていた。
「最近ここら辺で殺人事件が起こっているとか…」
「ああ、『足切り』か…」
ラルの話にヴァンも反応した。ヴァンは最初に訪れた雑貨屋のおじさんが言っていた話を思い出した。
「足切り...?」ヴァンはつい口に出してしまった。
「殺害方法からの異名のようなものですか?」
「ああ。殺害されているのは皆、若い女性ばかり。しかも両脚が切られて殺されている。警察はもちろん同一の犯行と考えているらしい」
「ずいぶん詳しいですね」とラル。
「事件が起きた場所が私の家の近くでな。警察の家宅捜査などもされた」
「そうですか..」
話をしているうちに、いつの間にか人気の少ないところに出ていた。
道端にも商い人はほとんどいない。
エドワードは脇道へと入っていった。
住宅地になっているようで、道はさらに細くなり、入り組んだ家々のせいでほとんど光がさしていない。
エドワードはどんどん奥へと進んでいく。進めば進むほど街の活気あった声が遠のいていく。まるで冥界の入り口へと向かって歩いているようだ。
冥界など行ったことはないが。
「ここだ」
着いたのは冥界の入り口などではなく家と家の間に建てられた低い一軒家だった。
「引っ越してなかったんですね」
「ここが私達の家だからな」
エドワードはコートから鍵を取り出し、鍵穴に差した。
「ん?開いている?」
エドワードは扉を開けた。
「あ、おかえりなさい」
中からは女の子の声が聞こえる。
「マ、マリー!なんでこの家に!」
エドワードは突然声を張り上げた。
「え?だってここは私の家よ」
…?
聞き覚えのある声だった。それもついさっき聞いたような。
「あら?お客さん?」
中から車椅子に座った少女が出てきた。
「初めまして。私、マリー=ウィリア..あら?」
「あ..君は...」
雑貨屋で逢ったマリーと名乗った女の子だ。
「誰でしたっけ?」
「……」
覚えてないらしい。
「ここら辺は今危険だからホテルに泊まっているように言っただろう!マリー!」
「ご、ごめんなさい!でもね..パパ...!」
………え?
「パ…パパ!?」
「どうぞ、こんなものしかありませんが」
マリーはそう言いながら、自分の座る車椅子を操り、ヴァン達の座るテーブルに近付いて紅茶を差し出した。
外があんなに暗かったのだ。家の中に日の光はなく、とても薄暗い。天井に吊らされたランプが代わりに部屋を明るくしていた。
部屋の中には油の匂いが立ち込めている。
壁には人体の手や足の形をした義足が吊され、地面にはネジやナット等が所々に落ちていた。
しかし、ヴァンは油の臭いも、この異様な部屋の風景にも不思議と違和感が無かった。
それはきっと、シリウスが宝飾の仕事をしていて、家が同じような感じだったからであろう。
ヴァンはそんなことよりもマリーとエドワードが親子関係であったことの驚きに意識がいっていた。
この仏頂面のエドワードにこんな可愛い娘がいるなんて。
正直似てない。
ヴァンはそう思いながらマリーとエドワードを見比べた。
「...?..どうしました?」
ヴァンの目線に気づいたマリーが話しかけてきた。
「い...いえ..なんでも...」
「変わった人」
「マリー!!」
「ご、ごめんなさいパパ...!」
マリーはエドワードに一喝され、すぐに謝った。
パパに謝るんじゃなくて僕に謝って欲しいな。
ヴァンは心の中でボヤいた。
エドワードは目をつむったまま、ムスッとした顔で話し始めた。
「マリー。最近ここら辺で起きている事件は知っているだろう。だから、私が旅行している間は親戚の家に預かってもらうように頼んだというのに」
「ご...ごめんなさい...少し用事があって...すぐ戻るつもりだったの...」
息苦しい空気が部屋に流れた。
ヴァンはラルの方をチラッと見た。
ラルはまるで今のやりとりが無かったかのごとく平然としている。時々ラルの目と耳は飾りなんじゃないかと思わせる。
「もういい。大切な話があるから奥にいなさい」
「はい」
マリーは返事をすると奥へといった。
「すまないな、見苦しい所を見せてしまって」
「いえ」
ラルは口を開いた。
これでラルの耳は飾りじゃないことがうかがえた。
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