side story
[31]時を渡るセレナーデ -25-
クルー達が息を潜めているなか、突如警報が鳴った。
「十二時の方向に魔導生命体を確認! 数およそ六〇!」
「さらに十時、一時の方向に同じく数およそ七八。速度、一四ノットです。距離およそ七五〇〇」
梶原と咲子が、宙に浮かぶディスプレイに表示される情報を見ながら計器類を操作している。
二人の報告を聞いて艦長はすぐに命令を下す。
「全艦戦闘配置。対魔導戦闘用意!」
艦内に警報が響き渡り、赤色灯の警告ランプが明滅する。
艦首近くの甲板部分が所々スライドし、下から巨大な連装砲が姿を現した。
さらに艦底部からもひょっこり単装の砲塔が幾つか顔を出してる。
「魚雷を一番から四番まで装填完了を確認。艦対艦ミサイル、装填完了しました」
「ビーム砲、最終安全装置を解除! 電力供給パイプとの接続を開始。送電、異常ありません!」
全ての兵装が起動したらしく、艦長はしっかりと頷いた。
「よし。敵が射程圏内に入ると同時に全砲一斉射撃だ。速度はこのままで構わない」
桜庭達は「了解」と返事をすると、それぞれの仕事に手を戻す。
ブリッジが緊張した空気に包まれているなか、如月達は未だに格納庫にいた。
彼らの目の前にあるのは、小型潜水艇だ。
「SDSの調整は済んである。いざとなったらこれで向かえ、と先ほど艦長からの伝言があった」
如月は複数あるうちの一台の潜水艇の前に立ちながら言った。
彼の後ろにはネルや悠達もいる。
「まあ、実際には強化服で武装したり魔法で対水中戦をすればいいだけの話だが」
潜水艇の装甲に触れて、如月は目を細めた。
ネルは相変わらずきょとんとした顔をしている。
不意に悠が口を開いた。
「如月君、何を…企んでいるの?」
その思いは清奈やハレンも同様だったらしい。
すぐに似たような事を尋ねる。
如月は振り向く事なく呟くように言った。
「もし、この艦がネブラと戦闘を開始したらすぐにこの潜水艇に乗り込め。俺が“うみしお”とともに足留めと殲滅を行う」
「……え?」
「耀君……それはもしかして……」
「まさか如月君」
「死ぬ気かしら?」
ネルや悠達が言葉の真意を探る。
如月は無言で腰に手を回した。
ベルトに挟んでいたマグナムを手にとると、回転弾倉の部分だけ取り外す。
そして振り返ると、ネルにそれを手渡した。
「ネル、古墳島で必ず会おう。これを持っていてくれ」
彼女の手をしっかりと握り締めると、如月は何も言う事なく格納庫を後にした。
この時、悠には彼の背中がとても大きく、しかし悲しげに見えた。
ネルは無言でその場にただずんでいる。ショックのあまり混乱しているのだろう。
ハレンがすぐに駆け寄って、何事か呟いている。
清奈は拳を強く握り締めて立ち去る如月を睨んだ。
「何がこれを持っていてくれよ。散々心配をさせた上に、これ以上ネルを悲しませる気なのかしら?」
「ま、まあ…………如月君にも如月君なりに考えっていうのがあるんじゃないかな」
悠がへらへらと笑いながら清奈に言うと、彼女にキッと睨み返された。
悠は蛇に睨まれた蛙のようにすぐさま縮こまってしまう。
「なに? あのままだと死ぬかもしれないのよ? 馬鹿馬鹿しい。大切な人を泣かせてまで世界を救おうなんて傲慢そのものだわ」
いつになく強烈に批判をする清奈から鬼神のごときオーラが漂い始めている。
決戦を前にしてここまで言われると如月の士気が下がるのでは、と思う悠。
しかし自分の心では彼女の言い分に賛同していた。
自分の命を犠牲にしてまで、ネルを悲しませてまで、彼は一体何を守ろうとしているのか。いや、何のために戦おうとしているのか。
そんな事を考えていると、“うみしお”がくぐもった爆発音とともに揺れた。
どうやら戦闘が始まったらしい。
「さあ、私たちも一旦ここから引き上げましょう」
いつになく強い口調で発せられた清奈の一言が、皆を動かした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「目標の中央部隊を殲滅! 右翼より攻撃来ます!」
「下げ舵三〇! 魚雷発射菅、一番から四番まで用意、ってーーーー!!」
艦長の命令と同時に、艦の前部から魚雷が四発発射された。
それらは抵抗をものともせず海中を突っ切り、敵の攻撃である水を媒介とした衝撃波を打ち消す壁となって爆散する。
さらに“うみしお”の全砲一斉射撃が繰り返され、周囲が眩しくホワイトアウトした。
「目標の約半数を殲滅。敵の防衛網は七五%が損壊」
「全砲身冷却を開始。再チャージまで残り六秒です」
「全速で防衛網を突破。機雷敷設を忘れるな!」
艦長はここぞとばかりに突撃命令を出した。
桜庭達が一斉に作業に入り出す。
「最大船速で航行開始。出力正常。AMC装甲、最大出力で稼働中です」
「機雷、投下準備完了しました。後部魚雷発射菅、一番から七番までの装填を確認」
「目標が防衛網を再構築し始めました! 修復率二四.六%です!」
咲子の悲鳴じみた報告が耳に入るや否や、艦長は反射的に命じる。
「構わん突っ込め!」
「うぉぉぉおおぉぉ!」
桜庭が女っ気が全くない獣のような雄叫びを上げて舵を切った。
高速で敵を蹴散らし、防衛網を“うみしお”が破った直後、艦後部から放たれたドラム缶のような巨大な円筒形の幾つもの物体が爆発した。
それはまだ爆発していないドラム缶を誘爆し、さらに音もなく現れた魚雷をも巻き込む。
最大級の爆発が起き、悠々とした雰囲気で“うみしお”が爆心地から遠ざかる。
「目標、殲滅を確認しました」
「うむ」
梶原の報告を聞き、無口な艦長にしては珍しく、言葉を口に出して頷いた。
桜庭達はつかの間の安堵に思わず胸をなで下ろす。
このまま無事に古墳島に着くことができれば…………。
誰もがそう願った時、再び警報が鳴り響いた。
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