第三章 迷い〜そして戦場へ〜
[13]第四九話
自然公園でマティルダの死を止めた男性は、若き頃の如月慶喜だった。
ベルクの遺体を部下に回収させた後、二人は慶喜の自宅に移動した。
「………そういう事か」
「……………はい……」
マティルダはうつむいたまま、お茶の入ったカップを手にしている。
慶喜は沈痛な彼女にどんな言葉をかければ良いのか考えながら、自分の胸ポケットに手を入れた。
そこからタバコとライターを取り出し火をつけようとした時、マティルダの様子が視界に入った。
慶喜は思わずライターの手を止めて、咥えたタバコを箱に戻す。
今、自分だけがのうのうとしているわけにはいかない。
「マティルダさん」
「……………」
「今のあなたは、彼の死から立ち直れるとは到底思えない」
マティルダが持つカップの内側で、水面が小刻み震えている。
それでも慶喜は、敢えて彼女の心を抉る言葉を選んだ。
「このままでは彼との、ベルクさんとの約束は果たせない。だから――」
「私にどうしろと言うの? この死に損ないの私に何ができるって言うの?」
マティルダの悲痛な叫びは慶喜に罪悪感を駆り立てる。
だが、慶喜は努めて平静な口調で言った。
「だから、私が協力しましょう」
思わず顔を上げたマティルダは、目に涙を溜めたまま驚いているようだった。
慶喜は妙なくすぐったさから、顔を背けるようにソファから立ち上がる。
すぐ近くの窓から、外の様子を眺める動作をしながらさらに言った。
「私も関係者です。そして、あなた方がもたらした事実はまだこの世界では知られていない。ですから、私と私が所属する組織、科学技術庁が支援します。あなたや、未練を残して逝ってしまったベルクさん……そして、我々とあたな方の世界のために」
「………よろしいのですか?」
マティルダはまだ驚きから抜け出せていないのか、立ち上がってこちらを見つめている。
慶喜は、軽く深呼吸に近い動作をすると、
「もちろんです。最大限に支援しましょう」
と力強い口調で言った。
途端、その言葉を聞いたマティルダの足下にぽつぽつと水滴が落ちてきた。
彼女がその場にゆっくりと崩れると、静かな部屋にすすり泣く声がした。
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